井上理津子 独立系書店の店主に聞く「うちのこだわり」

井上理津子(ノンフィクションライター)

読書会を主宰

「Title」は地元客ばかりか地方からわざわざやって来るお客も多いそうだが、赤坂(東京都港区)にも遠くから本好きが集う独立系書店がある。

「文学賞の候補が決まると、『僕の推しは○○だけど、店長は?』などと話しに遠方からも来られますね」

 と、「双子のライオン堂」店主の竹田信弥さん(37歳)が言う。週に4日、1日5時間だけ開ける店なのに、来店して竹田さんと文学談義を交わすお客さんは、20代からシニアまで幅広いという。この書店の〝売り〟は「文学」および「読書会」だ。

 本の形をした青緑色のドアを開いて、本の内側に入る気分で店内へ。「本が多すぎ、カオス」というのが第一印象だった。そう申し上げると、「まったくまったく。置きたい本が年々増えてエラいことになってきちゃってます」と言うには言うが、涼しい顔の竹田さんである。

 5坪(イベントスペース除く)に4000冊。入り口近くに積み上げられた、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(若林正恭)に目がいく。これは、タレント本ですよね?

「そう。でも読んで感動して......。資本主義のど真ん中の芸能界から、社会主義の国キューバへ旅して、価値観の違いが次から次に出てくる紀行なんですね」

「若林さんって、どんな人?」「なぜキューバだった?」など何を聞いても、竹田さんは揚々と答えてくれ、彼と文学談義をしたい人の気持ちが少しわかった気がした。竹田さんは若いが、高校時代にネット古書店を手掛けたのが本の業界への第一歩だから、すでに二十余年のキャリアだ。2年間、実験店舗のような形を文京区内で試した後、2015年にこの店を開いた。

 店内で特徴的なのが「選書棚」だ。大学時代の恩師、山城むつみさんや辻原登さんをはじめ縁ができた作家、研究者、ライターら20人ほどの名前を書いたインデックスがあり、辻原登さんなら『卍どもえ』『不意撃ち』『許されざる者』などの著作、さらにご当人が選んだ本も置かれている。

「他人の本棚を覗き見するみたいで、ワクワクしませんか?」と竹田さん。

 店のコンセプトは、〝100年続く本と本屋〟。本が短期間で消費されて終わり、という流れに物申したい。そのために竹田さんが「精神的支柱」としているのが読書会だという。いくつかの形式で行っているうち特に人気なのは、月1ペースで案内人を招いて開くものだ。例えば?

「G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』。一人で読むと途中で挫折しがちでしょう? なので『一緒にゆっくり読もうよ』と、作家の友田とんさんを案内人に、1章ずつ1年8ヵ月かけて読書会を行ったんです。15人から始まって、最終回には8人が残っていましたよ」

 他にも文芸誌『しししし』を定期刊行したり、本屋を始めたい後進のために全国の独立系書店を紹介する書籍を企画・構成したり、作家らをゲストに迎えてトークするラジオ番組をレギュラーで持ったりと、目まぐるしく動き回っている。

「これまで本屋は一般的に『買わせること』には熱心なのに、『読ませること』を疎かにしてきたのではないでしょうか。結果、景気が悪くなると、ますます売れなくなる。僕は広く読書人口を増やしたいので、『読ませること』に力を入れる。うちはアフターケアをする本屋です」

(続きは『中央公論』2023年11月号で)

中央公論 2023年11月号
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井上理津子(ノンフィクションライター)
〔いのうえりつこ〕
1955年奈良県生まれ。タウン紙記者を経てフリーに。人物ルポ、庶民史などをテーマに執筆。『さいごの色街飛田』『葬送の仕事師たち』『すごい古書店変な図書館』『絶滅危惧個人商店』『師弟百景』など著書多数。
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