「熱狂なき圧勝」に託された民意

時評2015
宇野重規(政治学者)

 暮れの慌ただしい総選挙は、戦後最低の投票率という不名誉な記録とともに終わった。「熱狂なき圧勝」という声もあるように、自公政権がその巨大な議席を維持したことは間違いないが、そこに託された民意ははるかに微妙である。

 国民はたしかにアベノミクスの継続を支持した。とはいえ、首相自ら「この道しかない」と訴えたように、他に選択肢がないというのが実情だろう。金融緩和政策はどこまで維持可能なのか、成長戦略の効果ははたして実感できるのか。多くの疑問が残る一方、それに代わる経済政策が野党によって示されない以上、とりあえず現状の政策を続けるしかない。自民党の議席を微減させた民意には、そのような判断がうかがえる。

 外交についても、有権者の判断はニュアンスに富む。東アジア諸国に対する、首相による強いリーダーシップは必要である。とはいえ、無用な挑発によって近隣諸国との緊張を生んだり、排外主義的なナショナリズムに足をすくわれたりすることは望まない。現在の政権を支持するものの、より保守的な政策を掲げた次世代の党を退けた点に、民意の微妙なバランス感覚が感じられた。

 思い起こせば、東日本大震災と中国の擡頭以降、日本政治は新たなフェーズ(段階)に入ったのかもしれない。

 まず、震災の結果、政府の統治能力の脆弱性が明らかになった。「政治主導」を掲げた民主党政権であったが、皮肉なことに、この国のトップリーダーたちをどこまで信じていいものか、あらためて考えるきっかけを国民に与えたのが、その成果であった。一方、巨大な災害にもかかわらず、日本社会が大混乱に陥ることはなかった。トップリーダーたちが頼りなくても、現場ではそれぞれの持ち場の責任者が自らの任務を遂行したのである。

 このことは日本国民に一つの教訓を残したのではないか。リーダーシップに過度な期待をするのはやめた方がいい。とはいえ、社会の基本的なあり方や、政策の方向性がぐらぐら迷走するのも望ましくない。現場を支える個人や組織が自由と責任をもって働けるように、政治は社会の下支えをしっかりしてくれないと困る。

 他方、中国の擡頭の結果、日本外交はより難しい舵取りを求められるようになっている。近隣の大国に対して、自国の利益をどのように主張し、擁護していけるか。より「強い指導者」への欲求が国民の間に広まったとしても不思議ではない。

 その意味でいえば、第二次安倍政権の出現は、このような新たなフェーズの必然の産物であった。インフレ目標を設定して金融緩和のアクセルを踏み続け、積極的な財政政策と規制緩和による成長戦略をはかる。安倍政権の経済政策には、最終的な成否はともかく、ブレはない。中国に対して、より強い姿勢をとる指導者像の提示も、国民の欲求にかなっている。そう考えると、悲惨な終わり方をした第一次政権との違いも明らかであろう。第二次安倍政権は、日本政治の新たなフェーズの最初の政権なのである。

 今回の総選挙の結果は、第二次安倍政権のあり方を基本的に追認するものである。とはいえ、冒頭で示したように、民意はそこに微妙な留保をつけている。とりあえず続けさせてみるが、全面的な信任ではない。あるいは行き詰まるかもしれないが、他の選択肢がない以上、とりあえず今の政策を維持させる。リーダーシップに幻想はもたないが、不安定な政権は困るという有権者の判断が「熱狂なき圧勝」の正体であろう。

 これからの一年、安倍政権は新たな政治のあり方を示すのか、失速するのか、はたまた暴走するのか。現在の与党に代わる有効な選択肢が示されるには、時間がかかりそうなだけに、慎重に見極めていきたい。
(了)

〔『中央公論』2015年2月号より〕

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