石油価格下落が 「粘り勝ち組」を生む
筆者の自宅は国道一六号沿線で、たぶん日本で一番ガソリンの販売競争が激しいところである。今週末、セルフのスタンドはとうとうリッター当たり一一九円をつけていた。
石油というものは、中東で買ってから日本に持ってくるまでに一ヵ月かかる。だから原油価格の下落は、少しの時間差を経て国内で実感できるようになる。今しばらく、ガソリン価格の低下は続くだろう。とりあえず、安くなって文句を言う人はいないはずである。
ただし、手放しの歓迎という感じではなくなってきた。商社内部の雰囲気で言うと、昨年末の忘年会では「とうとう一バレル六〇ドルまで下がったよ。これで来年は景気が良くなるね」と素直に喜んでいたものが、年が明けて新年会になってみると、「おいおい一バレル四〇ドル台だよ。参ったなこれは」と落ち着かなくなってきた。どんなにいいニュースでも、あんまり急で限界が見えないと、人は不安に駆られてしまうのである。
俗に「半値、八掛け、二割引き」などと称する。過去の経験則によれば、相場が暴落する時はそこまで下げて初めて底値にぶち当たる。この法則を石油価格に当てはめると、二〇〇八年の過去最高値一四七ドルを、半値にして八掛けして二割引くと四七ドルとなる。そこも抵抗線にならずにあっさり割り込んだところを見ると、どうやら三〇ドル台があってもおかしくないかもしれない。
原油価格の下落は、もちろん日本経済にとっては朗報である。輸入における鉱物性燃料の項目を見ればいい。二〇一三年度のそれは約二八兆円で、全輸入の約三分の一を占める。うち半分の一四兆円が原油である。昨年夏まで一〇〇ドルを超えていたが、今や五〇ドル以下、つまり半値になったということだ。これだけ下がると、円安によるデメリットを補って余りある。なにしろ輸入代金でざっくり七兆円が浮く計算になる。
鉱物性燃料のうち、残りの一四兆円は石油製品やLNG、LPG、石炭などである。これらも、何らかの形で石油価格と連動している。ということは、エネルギーの購入費用は低めに見積もっても一〇兆円以上が浮く計算となる。これまで海外に流出していた費用が国内にとどまると考えれば、これだけでGDP二%分の景気浮揚効果となる。消費税ならば五%分だ。国内消費には確実にプラスとなるだろう。
他方、産油国は大騒ぎになっている。サウジアラビアなどの大産油国であれば、過去の収益を積み上げてあるから取り崩しで当面は凌げるだろう。だからこそ、供給削減に応じず痩せ我慢ができる。アメリカのシェール生産も、順調ではなくなっている。ロシア、イラン、ベネズエラなどは、財政が火の車になっているはずだ。
安過ぎる石油価格は世界経済にとってプラスかマイナスか。一月十九日に発表されたIMFの世界経済見通しは、十月時の予測より〇・三%下方修正した。トータルではややマイナス、と心得ておくべきか。
石油はエネルギー源であるのみならず、化学産業などにとっては原材料でもある。原料のコストがいきなり半値になったのだから、実需面でもメリットが出るだろう。これまでは、国内の過剰設備をどう縮小するかが課題となっていた業界だが、意外と大復活を遂げる企業が出てくるのではないか。既に多くの化学企業が海外移転したり、規模を縮小したりした後である。ただ粘っていただけの企業が、結果的に勝ち残り組となっていい目を見る、ということが起きるというのも面白い。
変化の激しい時代においては、自らも変化しなければならないと人は言う。ところが現実の世の中では、単なる「辛抱」に陽が当たることもある。こういう経営手法はMBAでは教えてくれない。日本企業ならではの勝ちパターンと呼んでいいかもしれない。
(了)
〔『中央公論』2015年3月号より〕