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厚生労働省戦記 舛添要一の七五二日

迷走する後記高齢者医療制度
舛添要一

 後期高齢者医療制度の見直しをめぐる顛末は、以下のようなものである。

 二〇〇八年九月一日、福田康夫首相が突然退陣を表明した。安倍晋三首相に続いての、政権途中での辞任劇である。〇七年夏の参議院選挙で自民党が敗北して以来、参議院は民主党などの野党が多数、衆議院は自民党と公明党で三分の二の多数という国会のねじれが生じていた。そのねじれ現象が二人の首相の辞任の背景にあったことは周知の事実である。安倍首相の場合、健康問題もあったようだが、この二度にわたる辞任劇が、自民党政権の信頼性を大きく傷つけたことは否定できまい。

 さらに言えば、参議院選挙敗北を受けて、安倍首相が直ちに退陣し、総裁選で選ばれた新総裁、つまり新首相の下で政権を運営していれば、その後の状況も変わっていたかもしれない。辞めるべきときに辞める、踏みとどまるべきときには我慢して踏みとどまる、解散すべきときに解散する、まさに出処進退を誤らず、時期を誤らずに決断することが政治の世界ではいかに重要かということである。

 とまれ、自民党総裁選挙は、九月十日告示、二十二日党大会に代わる両院議員総会での投開票で決まり、麻生太郎、小池百合子、与謝野馨、石原伸晃、石破茂の五人が立候補した。この総裁選は、選挙前から麻生の圧勝が予想されており、いわば消化試合の様相を呈していた。その当時は、年金記録問題などに加えて、四月から始まった後期高齢者医療制度に対する批判がすさまじく、厚生労働大臣として、総裁選挙どころではない日々が続いていた。そのような折に、麻生と私は何度か会合を持ち、総裁選挙後の政権運営について協議を重ねた。麻生は私に、新総裁に就任するのはほぼ確実であること、できれば早期に解散総選挙に打って出たいこと、そのためにも引き続き大臣として問題山積の厚労行政を担当してほしい旨を述べ、私もそれを了承した。

 そのような協議の中で、評判の悪い後期高齢者医療制度をどう見直すかが焦点となったのである。この制度は、七十五歳以上の高齢者ら約一三〇〇万人を別建てにした公的医療保険制度で、保険料は年金から天引きする。約一一兆円の医療給付費は、高齢者一割、現役世代四割、公費五割の割合で負担する。それまでの老人保健制度では、現役世代の負担に歯止めがかからない状況であったため、世代間の負担割合を明確化したものである。しかしながら、この制度の意義については十分に理解されないまま、「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS)などのワイドショーで、感情的ともいえる批判が繰り返されてきた。その批判は、七十五歳以上を分離するのは姥捨て山的な発想でけしからん、年金記録問題も片付いていないのに年金から天引きとは許せない、運営主体があいまいな広域連合方式では住民には見えにくい、終末期医療相談を七十五歳以上から始めるというのはおかしい−−など多岐にわたった。

 メディアによって増幅されたとはいえ、年齢で区分することに対する高齢者の感情的な反発は大きく、これをそのまま放置していたのでは、次期総選挙でまともには戦えない。これが麻生と私が協議した上での結論であった。そして、与党の自民党や公明党の中にも、意見を共有する政治家が多くいたことはよく知られている。そこで、新内閣の方針として、この制度を見直すことを決め、適当な時期にそれを明らかにすることにしたのである。

(全文は本誌でお読み下さい。)

〔『中央公論』2009年12月号より〕