世界で稼ぐ気がないのは、経営者の怠慢だ

柳井 正(ファーストリテイリング代表取締役会長兼社)×田原総一朗(ジャーナリスト)


ユニクロは安くない

田原 二〇〇四年に、「ユニクロは安売りをやめます」と宣言しましたね。これはどういうことですか?

柳井 当時も今も、「ユニクロは安い。安いから売れる」と評価されるのは、不本意なんです。絶対的なプライスで言えば、うちより安いブランドはいくらでもあります。その中でもわれわれが売れたのは、品質がいいからです。そこを分かっていただくために、「ユニクロは低価格よりも品質アップを目指します」と宣言したんです。

田原 確かにユニクロは小売店でありながら、繊維事業の大手である東レと組んだりして、言わば原材料から製品を作っています。僕も使っていますが、肌着一つをとっても真夏でも汗がベタつかないなど、非常に品質がいい。なぜ小売だけでなく、自社での商品製造を目指したのですか。

柳井 やはり世界に出たいと思ったからです。世界に出るならば、本当に競争力のある商品を作らなければならない。そういう商品を作れるのは、本物の繊維技術を持っている東レのような企業なんです。だから一緒に組みたいと思ったんですね。

田原 それにユニクロの服は、デザインもかっこいいですね。

柳井 ありがとうございます。

田原 ユニクロの服は、安くて繊維がよくてかっこいいと。欲張りですね。

柳井 でも、お客さんは欲張りですよね。お金と交換するんですから。だから、安いだけでも駄目だし、品質がいいだけでも駄目だし、かっこいいだけでも駄目だと思います。

「結果としての終身雇用」が一番

田原 これを聞いて驚いたんですが、ユニクロは、やたらに従業員を働かせる会社だと思ったら、週に四日もノー残業デーがあるようですね。

柳井 そうです。月曜日だけは、残業してもいいことになっていますが、火、水、木、金曜日は残業はさせない。

田原 それでやっていけるんですか。

柳井 僕は「走って仕事をするように」と言っているんです。昼間、集中して仕事をすれば、大抵の仕事に残業なんて必要ありません。先ほども言ったように、ほとんどの人は、「上司が残業しているから残業している」とか、「独身で帰ってもすることがないから会社内にいよう」とか、それだけのことなんです。
 そもそも僕がなぜ「ノー残業デー」を考えたかというと、地方では通勤時間が一〇分とか一五分ですけど、東京だと一時間とか一時間半でしょう。それなのに残業して朝も早くから出なくてはならないとしたら、体を壊すか、家庭不和かどちらかになる。従業員が不幸になる会社というのはおかしいなと思って導入したんです。

田原 柳井さんは、「サラリーマン化は最悪だ」と言いますね。指示待ち社員は駄目だと。でもみんなが好きなことをやりだしたら、バラバラになりませんか。

柳井 そのために、その会社ごとの経営の原理原則、あるいはビジネスに対する統一見解を社員全員が持つ必要があるんです。同じ言語、同じ価値観を持っていれば、自分の頭で考えながら仕事をする人数が多ければ多いほどいいんですよ。それが持てないのなら、大企業である必要はないと思います。おっしゃる通りバラバラになるだけですからね。
 第一、サラリーマンでは今後は食えなくなりますよ。企業に勤めていても、自営業者のように、自活して、自分の将来を自分で開発するような人でないと食っていけない時代が来ました。

田原 なるほど。では、ユニクロでも辞めて自立する人は多いんですか。

柳井 僕は、そういうのも嫌なんです。「どんどん転職して自己実現したい」というような人を、なぜ会社がわざわざ育成しなくてはいけないんですか。僕は、会社と従業員がお互いに成長して、ここでビジネスができて良かったなと思えるような、「結果としての終身雇用」が一番いいと思っています。

取締役は、経営を取り締まる人

田原 ユニクロは、五人の取締役のうち、柳井さんを除いた四人全員が社外取締役です。さらに監査役も五人のうち四人が社外監査役ですね。これは、どういう意味があるんですか。

柳井 取締役も監査役も、経営に注文をつけるのが役目ですよね。

田原 柳井さんに注文をつけると。

柳井 もちろん僕に対してもそうですが、うちで経営執行をしている執行役員に、「これはおかしい」とか、「これはどうなってるのか」とはっきり言えなくてはいけない。そうすると社内の人では駄目なんです。日本の企業の多くは、論功行賞として取締役を最終ステップのように考えていますけど。本来は「取締役」と言う以上は、取り締まらなきゃいけないんですね。

田原 なるほど。日本の取締役は、「取り締まり」役ではなくて、CEOに「取り締まられ」役になってしまっていると。

Tシャツ一枚、一ドルのビジネス

田原 日本製品のガラパゴス化が問題とされています。ユニクロ製品は、なぜガラパゴス化せずに売れるんですか。

柳井 われわれは、いい製品を世界中のあらゆる人に売りたいと思っています。でも、他の日本の企業は、高性能の製品を先進国の一部の人に売りたいと考えている。その差だと思います。
 先進国の人口は八億人くらいです。あとの四、五〇億人は、発展途上国にいる。見向きもしていなかったそれらの国の経済が発展してきて対応できずに慌てているというのが、今の日本の企業の現実ではないでしょうか。

田原 ユニクロは最近、バングラディッシュにも進出したそうですね。

柳井 グラミン銀行と組んで、ソーシャルビジネスを展開することになりました。

田原 グラミン銀行は、非常に貧しい人たちを相手にした金融ビジネスを成立させました。普通は担保もないような人を相手にお金を貸すと焦げ付いてしまうと思います。なぜビジネスが成立するんですか。

柳井 地元の人が自立するようにお金を貸すんです。つまり稼ぐ方法を教える。われわれで言えば、服を作ったり売ったりする技術を教えて、村の人たちが自立できるようにするわけです。

田原 そうしたビジネスでユニクロは儲かるんですか。

柳井 こうした国でビジネスをしようとすると、Tシャツ一枚を一ドルで売らなくてはいけません。

田原 一ドル⁉

柳井 そうです。ということは、五〇セントで作らなくてはいけない。でももしそれができるなら、商売になります。人口がすごく多いわけですからね。バングラディッシュだけでも一億五〇〇〇万人います。
 もう一つ言うと、バングラディッシュには、服を一枚も持っていないという人が結構多いんです。すると服がないから学校に行けないとか、服がないから不健康になるということがある。今回の事業では、そうした服の本来の機能に気付かされました。僕は企業というのは、お金をバラ撒くのではなくて、商品を買ってもらうことで社会に貢献すべきだと思っています。だから、われわれのビジネスを通じて、貧困層の生活が向上するなら、こんなに嬉しいことはありません。

ポスト柳井は育成できるか?

田原 今の日本のトップ経営者は、文句なしに柳井さんだと思います。

柳井 いえいえ。

田原 本当にそう思います。だから柳井さんが経営者でいるうちは、ユニクロはどんどん伸びていくと思う。でも柳井さんの後に、柳井さんと同じ程度に経営の能力を持った人が生まれますか。柳井さんは六十五歳で引退すると言いますが、先ほど目標の期限として挙げられた二〇二〇年は、もう引退した後ということになりますね。

柳井 引退するというのは会長職に専念したいということですので、完全に手を引くわけではありませんが、もちろん現場の執行ができる経営者は育成しないといけない。今それに取り組んでいる最中です。

田原 でも二度失敗していますね。育成できますか。

柳井 いや、二度以上失敗しています(笑)。でも、必ず若い人の中から優秀な経営者が育つと思っています。

田原 具体的にどういう形で経営者を育成しているんですか。

柳井 社内にビジネススクールのようなものを作りました。そして経営者志望の人を募って、その中から「この人は経営者に向いているな」という人を選抜して、経営の実践をさせながら育成しています。結局、「経営」というのは、知識がいくらあってもできないんですね。自分で問題を発見して、自分で解決方法を考えて、さらにそれを実行しないといけない。
 経営というのは、スポーツのようなものですね。とにかく実際にやってみないと分からない。そして、結果を出せなければ、いくら能書きを言っても仕方がない。そういうものだと思います。

(了)

〔『中央公論』2010年11月号より〕

1  2  3  4