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菅政権が見逃した中国「強気の中の脆さ」

清水美和(東京新聞論説主幹)

対中外交の無惨な失敗

 尖閣諸島沖の日本領海で違法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し逃走を図った事件で那覇地検は九月二十五日、公務執行妨害の疑いで拘置していた漁船船長(四十一歳)を処分保留のまま釈放した。尖閣を自国領と主張する中国政府は周辺海域への日本の法適用を認めず船長の解放を要求していたが、直ちにチャーター機で船長を帰国させ、日本に「謝罪と賠償」を要求してきた。事件をめぐる日中外交攻防の緒戦は日本の完敗に終わった。

 九月七日に事件が発生し八日未明に船長が逮捕されてから、中国政府はたび重なる抗議に加え日中間の閣僚級交流停止、中国人の訪日旅行自粛など対抗措置を次々に打ち出し、音を上げた民主党政権が事件の決着を急いだのは明らかだ。しかし、菅直人首相ら政府首脳は検察に対する働きかけを否定し、釈放は那覇地検独自の判断と口をそろえている。那覇地検は釈放理由について「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮した」と明言し外交的配慮を認めた。尖閣諸島の主権に関わる重要な外交判断を、捜査機関が行ったという政治外交史で前代未聞の汚点となった。

 この結果は、日本の尖閣諸島に対する実効支配を大きく揺るがしただけでなく、中国国内の対外強硬論を勢いづかせる禍根を残した。なぜ日本の対中外交は無惨な失敗に追い込まれたのか。それを探ると一見、強気に終始した中国の対応に垣間見える脆さを見過ごし、表向きの強硬姿勢にたじろいで展望を見失った日本外交の根本的な欠陥が浮かび上がる。

「自制」も利かせた中国

 ひたすら強硬姿勢をエスカレートさせたかに見える中国だが、強く自制を利かせた面もある。対日抗議活動への大衆動員を避け自発的な街頭行動を徹底的に封じ込めたのは過去の外交紛争との大きな違いだ。一九九九年五月、コソボ空爆に向かった米軍機がベオグラード中国大使館を「誤爆」した事件では、党指導部の決定で抗議デモに学生が動員された。学生らは北京市西北のキャンパス街から大学のバスで米大使館周辺に送り込まれた。

 二〇〇五年三月に始まった日本の国連安保理常任理事国入り反対運動では学生のデモ動員はなかったが、街頭の宣伝活動は許された。このため、学生街で始まった自発的なデモが次第に膨れあがり日本大使館に向かった。これらの事件では、街頭行動が認められたのを知った学生、市民らが続々とデモに加わり、大使館に石やペンキを投げつける暴力行為に及んだ。治安部隊はデモ隊との衝突を恐れ、目前で投石が行われても手出ししなかった。

 これに対し、尖閣事件発生後の九月十八日に行われた抗議デモに学生の参加は許されず、日本大使館前のデモは治安部隊が取り囲み一般市民と遮断した中で行われた、文字通りの官製デモで混乱はなかった。満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた「9・18」には例年、各地で愛国を呼びかける活動が行われ「反日」の機運が広がる。一九八五年には中曽根康弘首相の靖国神社公式参拝に抗議して北京大学の学生らが天安門広場をデモ行進した。

 胡錦濤政権は過去の教訓に学び、この日の大衆行動を徹底的に封じ込めた。中国では金融危機克服のため拡大した投資と融資が、不動産バブルを昂進させインフレを招いた。一層、深刻化する貧富の差と党特権幹部の腐敗に民衆は不満を募らせており、「愛国」を掲げた街頭行動は政府の「弱腰」を批判するデモに発展する恐れが強かった。中国政府は民衆の「ガス抜き」を図るため日本への攻撃を強めたが、対立が続けば大衆の街頭行動が抑えられなくなるリスクを抱えていた。対立が長引き「反日」のうねりが高まるのは、実は中国にとっても望ましくなかった。

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