歴代総理の引き際

臨床政治学
伊藤惇夫(政治アナリスト)

「天寿全う型」「スキャンダル型」「選挙敗北型」「途中投げ出し型」「追い詰められ型」―――。粘りに粘る菅総理を横目で眺めつつ歴代総理の引き際をひもとくと......

 とにかく粘る。おそらく納豆の一〇〇倍くらいの粘りがあることは間違いない。公の場で辞意を表明したにもかかわらず、言を左右にして総理の座にしがみつき続けた人物は、他に記憶がない。なぜ、菅総理はこれほどその地位に「恋々」とするのか。とってつけたように再生可能エネルギー促進法など持ち出してくるところを見ると、たぶん、日本のエネルギー政策の転換に道筋をつけた総理として、「後世に名を残したい」という欲求が異常に強いのだろう。加えていえば、就任から半年後の支援者との交流会の席での「これまでは仮免許だった」という発言が証明しているように、もともと菅総理、「何かをやりたい」ではなく、とにかく総理に「なりたい」だけでその座に就いたに違いない。それだけに、潔く辞めるというモチベーションが全くないといったところだろう。

 そんな状況の中で、ふと思いついて過去の総理の引き際はいったいどのようなものだったのか、改めてチェックしてみると......。これがなかなか興味深い。大別すると、その引き際は七つほどに分類できるようだ。

 まずは「見事な引き際型」。これに当てはまるのは石橋湛山、鳩山一郎、岸信介の三人か。石橋は総理就任直後、肺炎にかかり医師から二ヵ月の入院治療を言い渡された。だが、国会は開いている。そこで石橋は、「国会で自身の所信を述べ、野党の質問に答えるのが総理の職務。それができないなら辞任する」として、わずか六五日で総理の座を去った。辞任に当たっての言葉が「政治的良心に従う」である。
 また、鳩山は総理就任に当たって、日本を国際社会に復帰させることを使命と考え、まず日ソ国交回復を成し遂げたうえ、国連への加盟を実現、その二日後に辞任している。その際、残した言葉が、「明鏡止水」だったという。岸も日本の国際的地位向上を目標に置き、激しい批判の中、日米安保条約の改定を強引に、しかし信念に従って進めたうえで辞任している。彼らは皆、総理として明確な目標を持っていたがゆえの出処進退だ。

 次が「天寿全う型」か。中曽根康弘と小泉純一郎がこれに当てはまる。二人とも、長期政権を維持したうえ、自民党総裁の任期満了に伴って辞任している。いわば「円満退社」といったところだろう。

また、「在任中の死去」で当然ながら職を辞したのが大平正芳と小渕恵三。

 と、ここまではまずまず綺麗な引き際だが、これ以降は、あまり格好いいとはいえないパターンになる。

 まずは「スキャンダル型」だ。金銭あるいは異性問題が理由となった辞任で、これには金権批判で追い詰められた田中角栄、リクルートスキャンダルで辞めた竹下登、女性問題が大きな要因となった宇野宗佑、佐川急便からの資金問題が引き金となった細川護煕などがいる。
 ついで「選挙敗北型」。党内の「三木降ろし」に抵抗し続け、なんとか自身の手で任期満了総選挙を行ったものの敗北、辞任した三木武夫。また、内閣不信任決議を可決され、解散・総選挙に打って出たが敗れて野党に転落した宮沢喜一、参院選惨敗の責任を取って辞任した橋本龍太郎、総選挙敗北で野党に転落した麻生太郎もそれ。

 一方、「途中投げ出し型」というのも少なくない。大平正芳の死去で、思いもかけず後任総理となったが、二期目の自民党総裁選に出馬せずに辞めた鈴木善幸や、参院選惨敗でも居座る構えを見せたにもかかわらず、国会での所信表明演説のわずか二日後に「体調」を理由に辞任した安倍晋三、自分では選挙に勝てないと「客観的」に分析した結果、辞任した福田康夫などがここに分類できる。

 さて、最後は「追い詰められ型」だ。暴言、失言の連発で内閣支持率が一ケタまで落ち込み、党内から不満が噴出、総裁選の前倒しという"奇策"でその座を追われた森喜朗、金銭スキャンダル(母親からの巨額の子ども手当?)と沖縄の米軍基地移設問題などで迷走を繰り返した挙げ句、追い詰められて辞任した鳩山由紀夫がこれに該当するのでは。

 と、歴代総理の引き際は実に様々。ただ、はっきりしていることは、惨めな引き際を見せた総理が後世に残すのは「汚名」だけという事実だ。果たして菅総理が残すのは「美名」か、それとも「汚名」か。残念ながら既にその答えは出ているような気もするが......。

(了)

〔『中央公論』2011年8月号より〕

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