電子政府が高める市民生活の利便性

DX後進国・日本に「電子政府」は実現するのか(第2回)
中野哲也(リコー経済社会研究所研究主幹、日本危機管理学会理事長)

25種の引っ越し手続きがワンストップで可能

国連電子政府ランキング2位の韓国は、利用者目線の「ワンストップ」を徹底している。行政デジタル化を推進していく上で、日本は是非ともこの姿勢にならいたい。

日本でマイナンバー法が成立したのは2013年だが、第1回で紹介したように韓国が「住民登録番号制度」を導入したのはその半世紀前の1962年のことだ。

1968年には「住民登録証」というカードを配布し、18歳以上の国民に携行を義務付けた。全国民が個別に持つ住民登録証番号は13ケタ。生年月日や性別、出生自治体番号、通し番号、確認番号が並んでいる。

役所や学校、病院などの手続きのほか、銀行口座の開設や携帯電話の契約など民間サービスでも広く活用される。電子政府法が情報の共同利用を定めており、その主体が行政情報共同利用センター。政府や地方自治体だけでなく、金融や電力、ガス、教育などの公益企業・民間企業も参画する。

それにより、官民が連携して理想的なワンストップ・サービスを実現しているのだ。

例えば引っ越しの際には、ワンストップ・ポータルサイト「政府24」にアクセスするだけで、転入や健康保険、年金、税金、雇用保険など25種類もの届け出を一括で済ますことが可能。公共機関だけでなく、銀行など民間企業にも引っ越し情報が自動的に伝えられる。なお、転出の手続きは不要だ。転入さえ手続きすれば自動的に転出として処理されるからだ。

コロナ禍でもワンストップ・サービスは大活躍。国民の生活支援策として政府が創設した緊急災難支援金の申請も、スマホの画面タッチだけで済む。

自治体とクレジットカード会社が連携しており、大半の国民が申請から2日以内にカードのポイントで支援金を受け取った。国税庁の世帯構成・収入情報と、金融機関の口座情報が紐づけられているからこそ実現したわけだ。

医師数、患者の発病など医療情報を一元化

また、新型コロナの陽性患者が発生した際には、電子政府は抜群の対応力を発揮した。韓国では全国の医療機関の病床数・医師数・医療機器の配備状況や、患者の疾病情報などが一元管理されている。

このため、陽性患者を搬送する際、救命士が救急車内の専用端末で情報を入力すれば、疾病管理庁が最寄りの最適な病院を指示する。しかもソウル市内ならば、市の中央制御センターからの指示により、救急車が進行する先の信号がすべて青になるという。

日韓両国の電子政府の事情に詳しい、e-Corporation.JP(本社東京都中央区)の廉宗淳(ヨム・ジョンスン)社長は日本に対し、「デジタル庁発足がよい契機になると思う。電子政府化の効率性や利便性の向上といったメリットを政府が粘り強く訴えていけば、縦割りや既得権益を打破できるのではないか」とエールを送る。

同時に、「日本では情報システムが企業収益を左右する武器ではなく、単なる電卓としか思わない経営者がまだまだ多い」と述べ、経済界の意識改革の必要性も指摘する。

日本でも政府・自治体がデジタルサービスを導入する際にワンストップが喧伝されるが、現実には省庁・自治体ごとの縦割りワンストップに過ぎないケースが大半だ。これでは引っ越しの際の一括手続きなど望むべくもない。

韓国は大統領制でしかも名目上は北朝鮮との戦時下にあるため、議院内閣制の日本に比べると政治が強力なリーダーシップを発揮しやすい。だからこそ利用者目線のワンストップを徹底できるのかもしれない。だが政治体制の違いがあるにしても、日本が韓国の電子政府から学ぶべき点は少なくないと思う。

中野哲也(リコー経済社会研究所研究主幹、日本危機管理学会理事長)
〔なかのてつや〕
リコー経済社会研究所研究主幹 日本危機管理学会理事長。1962年東京都生まれ、1985年慶應義塾大学経済学部卒。時事通信社経済部、政治部記者、ワシントン特派員、大阪証券取引所主任調査役などを経て現職。
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