東島雅昌 恐怖支配から恩寵政治へ? 権威主義体制の変貌する統治手法(後編)

選挙を実施するようになった独裁者と、その不正
東島雅昌(東北大学大学院准教授)
 国際政治のパワーバランスの変化に加え、コロナ禍も相まって中国やロシアなど権威主義体制への注目が高まっている。独裁制といえば暴力や抑圧を用いた統治が想起されるが、現代の独裁者はその手法を変えて生き残りを図っているという。東島雅昌・東北大学准教授が分析した権威主義体制の変貌の後編を掲載。
(『中央公論』2022年1月号より)
目次
  1. 独裁者が使う四つの選挙戦略
  2. 独裁制の変貌が現代政治にもつ含意

独裁者が使う四つの選挙戦略

 興味深いことに、権威主義体制におけるあからさまな選挙不正の度合いは、選挙の実施が大勢を占めるようになった冷戦後も大きく変化していない。

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 図2は、過去およそ200年の選挙独裁制下の選挙不正の変化を把握するために、前述の様々な不正手段をある統計手法によって統合したものであるが、その度合いはほぼ一定である。では、露骨な不正に依存できない選挙権威主義体制の独裁者はいかに選挙での圧倒的勝利を担保し、選挙を体制強化の制度装置に変えていくのか。以下では、選挙でのジレンマを緩和する四つの手法に着目してみたい。

 第一に物質的恩恵、すなわち経済分配による大衆支持の獲得があげられる。それは、公務員の給与や賞与の上昇、公的雇用の拡大、年金拡充、特定地域や社会属性を標的にしたインフラなど公共財の提供といった様々な形態をとる。経済分配を重視した選挙戦略は、選挙不正のように選挙結果を強制的に歪曲せず、物質的供与を通じて大衆支持を強化することで抑圧のコストを引き下げ、体制の正統性を誇示する。

 例えば、筆者は国際比較の統計分析、およびカザフスタンのナザルバエフ体制とキルギスのアカエフ体制の比較分析をおこなった。カザフスタンは天然資源を豊富に有し、財を広範に分配できたため、独裁者は露骨な選挙不正を手控えつつ選挙に大勝できた。対照的にキルギスでは、財政資源が乏しいために、選挙不正に頼らざるを得ず、それが抗議運動による体制崩壊のきっかけとなった。一方、選挙に野党参加を認め、不正の度合いを低めた選挙では、選挙年の財政赤字が大きくなる傾向があった。これらは、現代の独裁者はあからさまな選挙不正の代わりに経済分配をおこない、選挙に「大勝ち」することで体制強化していることを示唆する。経済分配戦略は、不正の少ない選挙での圧倒的勝利を演出して体制の強さを証明でき、また選挙を通じて信憑性の高い情報を獲得することを可能にする。マキャヴェッリは、体制維持のために物質的恩恵を用いることは必ずしも効果的でないと論じたが、現代の独裁体制を見ると、「恩愛という義務の鎖」を超えた体制安定効果に結びついているのである。

 しかし、全ての独裁者が豊富な財政資源を有しているわけではない。第二の手法として独裁者が用いるのが、選挙制度を通じた選挙結果の歪曲である。独裁者はあからさまな選挙不正や広範な経済分配に頼ることなく、与党に都合のよい選挙制度や選挙区割りの策定を通じて、独裁政党に有利な選挙結果を作り出すこともできるのである。

 例えば、小選挙区制は民主主義の文脈では与野党にかかわらず、大政党に有利な議席バイアスをもたらすと広く知られるが、権威主義の文脈では大政党は与党と同義なので、小選挙区制はほぼ確実に独裁者の政党の議席を大きく増幅させる。筆者の分析では、財政資源に乏しい独裁者は、小選挙区制を採用することで得票率以上の議席率を獲得する傾向にあることがわかった。また、各選挙区で与党が有利になるよう区割りする、いわゆるゲリマンダリングで、与党の圧倒的勝利をもたらす。東洋大学准教授の鷲田任邦(わしだひでくに)がマレーシアの権威主義体制を対象にした分析では、与党が恣意的な区割りをおこない、議席率を大きく水増ししていた事実が示されている。選挙制度操作は、あからさまな不正と比べて、大衆や国際社会の目の届かない傾向があり、そのために抗議運動や対外的な制裁の対象となりにくい。不正のコストを最小化しながら勝利できるため、選挙制度操作は独裁者にとって魅力的な統治術となるのである。

 第三に、現代の独裁者は抑圧や暴力などの強制的手段を用いる際にも、タイミングや対象を慎重に選択する。とりわけ大衆や国際社会が注視し、抗議運動が起こりやすい選挙期間中は抑圧のコストが高くなるため、独裁者はたとえ抑圧手段に頼る場合でも、選挙時期を避けて行使する。

 この点について、米エモリー大学のジェニファー・ガンディらの研究は、政治的な支持固めのための市民への抑圧が、選挙が近づくほど減少し、選挙後に再び活性化する傾向にあることを示している。また、韓国・全北(チョンブク)大学校のハン・カンウォクの研究は、選挙権威主義下の予算配分を分析し、選挙年には福祉や教育など再分配政策に関する項目に予算が増額されるのに対し、軍事への予算配分は非選挙期に増加することを指摘している。

 筆者がおこなったカザフスタンの抗議運動の分析においても、政府は野党主導の政治的抗議運動を厳しく弾圧する一方で、福祉の拡充などを求めた経済的動機による抗議運動の場合、あるいは抗議運動が選挙期になされる場合には、抗議運動に譲歩していたことが明らかとなった。これらの実証分析が描き出すのは、時期と対象に応じ暴力と福祉を効果的に使い分けることで、統治の安定性を図るべく腐心する独裁者の姿である。

 第四に、冷戦後の独裁者たちは、メディアや演説を通じて大衆とコミュニケーションをとる際にも、抑圧に基づく威嚇を前面に出さず、自らの政策が市民の福利厚生を充実させている事実を強調して大衆支持のつなぎ留めを図る。ニューヨーク大学のアートゥラス・ローゼナスらは、ロシア・プーチン体制下の国営テレビ会社の経済報道をテキスト分析し、経済に関する悪いニュースは外部要因に帰せられるのに対し、経済好転の報道は与党政治家の手柄としてアピールされる傾向にあることを示している。また、パリ政治学院のセルゲイ・グリエフらの研究では、古今東西の独裁者の演説を収集してテキスト分析をおこない、独裁者の公的コミュニケーションにいかなる相違が見られるかを検証している。ヒトラーやスターリン、ムッソリーニやフランコ、また、金正恩といった選挙なし独裁制や閉鎖的独裁制の指導者たちは、暴力に関連する言葉を多用した威嚇により正統性をアピールする傾向にあった。対照的に、プーチン、ナザルバエフ、リー・クアンユー、チャベスなど選挙権威主義の独裁者たちは、経済成長の達成や公共財の供給の点で自分たちの優位を強調していたことを明らかにしている。

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