東島雅昌 恐怖支配から恩寵政治へ? 権威主義体制の変貌する統治手法(後編)

選挙を実施するようになった独裁者と、その不正
東島雅昌(東北大学大学院准教授)

独裁制の変貌が現代政治にもつ含意

 経済成長や経済分配の実績をアピールし、目立たぬよう抑圧手段に訴え、政治制度や経済政策を巧妙に操作して選挙勝利を目論む独裁者の姿は、民主主義の政治指導者が選挙で再選されるために繰り出す様々な戦略と相通じるものがある。選挙時期に合わせた減税や補助金分配による票の動員、好景気に波乗りして決定される解散総選挙、与党に有利な選挙法など、明らかな選挙不正こそほとんど存在しないが、多様な政策手段と制度改革を通じて選挙戦を有利に運ぼうとする民主主義体制の指導者のとる選挙戦術をほうふつとさせる。

 一方において、近年多くの研究が明らかにしたように、「民主主義の危機」のなかで、民主主義体制を採る国々の自由・権利・政治競争が切り崩され、独裁者が用いてきた統治手法と共鳴するようになった。他方、本稿で示した「権威主義の変貌」のなかで、独裁者の統治術は民主主義体制の指導者が採用してきた種々の選挙操作に近づいている。つまり、権威主義と民主主義の両陣営による道徳的あるいは実績上の優位を争う対立が深まるものの、両者の統治手法の相違は、我々が考えるよりも小さくなっているのかもしれない。

 権威主義的統治の変貌のなかで、国際社会がこれまで実施してきた民主化支援の限界も明らかになっている。つまり、国際選挙監視団の派遣や、公正で自由な選挙と引き換えの国際援助など選挙中心の民主化支援では、これまで論じてきた独裁者たちの統治手法、すなわち経済分配や選挙制度の操作などを十分統制することはできない。そもそも独裁者たちは、冷戦後世界に広がった複数政党選挙の実施と監視という制約の下で、露骨な選挙不正に代わるこれらの統治術を発展させてきたからである。

 これら独裁者たちの新たな統治手法に対抗するためには、財政資源管理の分権化と透明化、選挙制度を含む広範な選挙操作の精査、非選挙時の市民の権利や法の支配の確立に向けた支援など、選挙不正の抑制と監視を超えた、権威主義諸国の内政へより踏み込んだ国際支援が必要となる。しかし、「民主主義の危機」の時代に、民主主義諸国がこうした民主化支援の強化を十全に実施する能力や正統性を担保することは難しいかもしれない。冷戦後世界へ適応する権威主義体制の民主化を促進するためには、危機に直面する民主主義それ自体の不断の刷新を進めながら、選挙という軸を超えた、権威主義諸国に対する多次元の国際支援を生み出す必要があろう。

〔参考文献〕
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東島雅昌(東北大学大学院准教授)
〔ひがしじままさあき〕
1982年沖縄県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、ミシガン州立大学Ph.D.(Political Science)。早稲田大学高等研究所助教を経て、2016年より現職。その間、欧州大学院大学マックス・ヴェーバー博士研究員、ミシガン大学客員研究員などを兼職。専門は、比較政治経済学、権威主義体制、中央アジア政治。22年6月にThe Dictator,s Dilemma at the Ballot Box を刊行予定。
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