土屋大洋×鈴木一人 サイバーや宇宙利用は手段 戦いを決する量・質・外交

土屋大洋(慶應義塾大学大学院教授)×鈴木一人(東京大学大学院教授)
鈴木一人氏(左)×土屋大洋(右)
 ロシアのウクライナ侵略が始まって5ヵ月が過ぎた。サイバー空間や宇宙空間を利用した「新しい戦争」が展開される一方で、戦場では20世紀の戦争を彷彿させる蛮行や惨劇が繰り広げられている。21世紀に出現した戦争をめぐる各国の情勢を読み解く。
(『中央公論』2022年9月号より抜粋)

ハイブリッド戦にならなかった訳

鈴木 私は、今回の戦争は3世紀にまたがった戦争だと考えています。ゼレンスキー大統領がインターネットを通じて情報を発信し、国際世論を動かしたり、アメリカの実業家イーロン・マスクが宇宙通信システム「スターリンク」を提供するといった21世紀的な戦争という面がある一方で、ロシア軍は20世紀的な物量の戦争を行っている。典型的なのは塹壕を掘って、戦車で進軍していることです。塹壕というと第一次世界大戦のイメージですから、100年前の戦術を使っている。

 さらに、プーチン大統領が言っている「ウクライナは兄弟国で、西側諸国は云々」という帝国主義的な論理は、19世紀の考え方です。

 つまり、戦争の理念・論理は19世紀、戦争のやり方は20世紀、それに対抗する力が21世紀と、3世紀にまたがっている。歴史の教科書を1回の戦争でさらっているような、時代横断的な戦争に見えます。

 その上で感じるのは、戦争はやはり最終的に殺し合いで決まる。サイバー戦や宇宙戦は、あくまでも手段であって、勝敗を決定するものではないということです。

 戦争で宇宙を使うことが最初に知られたのは、1991年に始まった湾岸戦争でした。CNN(アメリカのケーブルテレビ局)が、GPSによって精密誘導弾が投下され、パトリオット(アメリカ製の地対空ミサイルシステム)が迎撃する戦場の様子を配信したのです。その後30年が経ち、宇宙戦やサイバー戦が増え、それらを上手に活用した方が優勢になることは間違いないのですが。


土屋 今回は本格的なハイブリッド戦(従来型の戦法と情報戦やサイバー攻撃を組み合わせた戦争)になると思われていましたが、それほど目覚ましい成果をあげませんでした。おそらくロシアも、ハイブリッド戦であれば数日、せいぜい数週間で決着を付けられると考えていた。そうならなかったのは、ある意味で失敗したからだと思います。

 ただ、単発で見れば、サイバー攻撃はそれなりに成功しています。例えば、ロシアはウクライナへ宇宙を使ったサイバー攻撃を仕掛け、通信システムに大きな打撃を与えました。また、開戦前の1月にはウクライナ政府へのサイバー攻撃を行い、70台のサーバーを落としています。しかし、それが戦争の帰結にどのくらい影響を与えているかというと、ほとんどない。

 失敗の第一の原因は、ロシアのハイブリッド戦が8年前のウクライナ・クリミア半島に対する攻撃とほとんど同じ手法で、アップデートされていなかったことです。

 二つ目は、クリミア侵攻後の8年間に、ウクライナ側が準備を進めていたこと。例えば、IT分野の研修と実践的な演習を行っていた。

 三つ目は、ゼレンスキー大統領らウクライナ政府の首脳による世界への訴えかけが支持を得て、さらに「IT軍(ロシアへのサイバー攻撃を行う組織で、協力者をSNSで募る)」と呼ばれるものを創設したこと。この軍自体はさほど強力ではないと思いますが、インパクトは大きかった。

 四つ目は、アメリカを含む諸外国の支援があったことです。

 こうしたことが重なって、予想していたような戦争の展開にはならなかった。むしろハイブリッド戦は今回でもう終わってしまったのではないかとさえ思います。


鈴木 同感です。ロシアは2021年11月にASAT(エーサット)(対衛星攻撃兵器)を使った実験を行いました。それまで中国、アメリカ、インドがこの実験に成功していましたが、ロシアが人工衛星を撃ち落とす能力を持っているかどうかはわからなかった。その実験に成功したので、「すわ宇宙戦か」となりました。

 しかし、ロシアは自分たちを有利にするために、アメリカがウクライナ軍の支援のために使用している人工衛星を撃ち落とすことをしなかったし、できなかった。理由の一つは、宇宙空間における戦争のルールが定まっていないことです。

 ロシアはアメリカやNATO(北大西洋条約機構)がウクライナの支援のために武器を運ぶトラックを狙うことはない。ウクライナ国内に入れば狙いますが、それまでは狙わない。逆に、アメリカもロシアに届くような長射程のミサイルや武器は、ウクライナに提供していない。互いに戦争のエスカレーションを恐れているからです。

 両者とも大国だから、直接対決することになれば究極的には第三次世界大戦になる。「安定・不安定パラドックス」と言いますが、核抑止によってお互いに直接戦えない状態で安定している一方で、核兵器が使われる可能性が低い、通常兵器による戦争が起こりやすくなり、不安定化するのです。その安定と不安定の谷間に落ちてしまったウクライナでは、何が行われても誰も手を出せなくなっている。

 核抑止の均衡は宇宙にも及んでいるため、ロシアはアメリカの人工衛星を撃ち落とさない。核の均衡が崩れる恐怖があるから、宇宙空間では戦争にならなかったのだと思います。

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