白川方明 人口減少問題の深刻さが認識されない5つの理由

白川方明(青山学院大学特別招聘教授)

危機感はなぜ共有されないのか?

 それでは、なぜ、少子化・人口減少問題に関する危機感は共有されないのだろうか。

 第一の、そして最も大きな理由は、人口減少が止まらない社会への想像力が働きにくいことにある。「明治の初めの人口規模に戻るだけ」といった反応を耳にすることもあるが、そんな悠長な話ではない。もし人口が減少しても、それが静止人口であれば問題はまだ小さいと言えるが、そこで静止しないことが問題の根源である。かなり先ではあっても、どこかで人口減少が止まるという展望が持てないかぎり、絶えざる縮小が続く。

 第二の理由は、戦前の「産めよ殖やせよ」への反省もあり、少子化を止める必要があるとの議論を展開することに対し、専門家が躊躇していることである。専門家は個人の価値観の領域に介入しようとしているのではない。専門家が行おうとしているのは社会の持続可能性、サステナビリティーを考えるための問題提起である。


(中略)


 第三の理由は、「GDPに代表される経済的豊かさを追い求める時代は終わった」という、文明論的な反論である。あるいは、人口減少の深刻な影響を指摘する論者の議論に、生産性至上主義のような「昭和の匂い」を感じ取っているのかもしれない。そうした人たちから見ると、少子化の原因のひとつである非婚化・晩婚化の背後にある貧困の問題に、生産性至上主義者が無理解であるという誤解もあるのかもしれない。

 私は経済的豊かさがすべてだとは決して思わないし、貧困の問題が深刻であることも認識しているが、本当に経済力が落ちると、生活インフラの維持も精神的豊かさを追求する余裕もなくなり、精神的豊かさの喪失と経済基盤の崩壊の悪循環が生じる。

 第四の理由は、「大事なのは一人当たりGDPであり、この問題はイノベーションや生産性引き上げで解決する」という、エコノミストや経済学者からの反論である。確かに、人口減少の影響を相殺する形でイノベーションや生産性引き上げが行われれば問題は解決するというのは全く正しい。ただし、正しいというのは単に論理的な命題として正しいというだけである。

 真に問われているのは、高齢化や人口減少が急激に進む社会の中で、イノベーションや生産性引き上げが本当に進むかどうかである。例えば、人口減少地域が従来と同じように生活インフラの質や量を維持しようとすると、単位当たりのインフラ維持コストは上昇するが、それは言い換えると生産性が低下することを意味する。もちろん、最終的には人口減少に応じたインフラの縮小が図られるが、生身の人間の生活を考えると、当然のことながらその調整には時間がかかる。

 もうひとつ例を挙げると、長期的な生産性引き上げという観点からは、基礎的な研究開発や高等教育への公的投資は重要であるが、現実のポリティカル・エコノミーを考えると、人口が減少し高齢化も進む状況では、限られた財政資源の配分はどうしても高齢者に向かい、将来への投資は抑制されがちである。

 生産性の上昇とは結局のところ、社会全体として変化に応じて資源を速やかに再配分できる能力とスピードにかかっている。そのように考えると、「人口が減少しても生産性上昇で解決する」とだけ言うのは、厳しい現実から目を逸らした議論のように思える。生産性向上の努力はもちろん重要であるが、それと併行して、少子化・人口減少自体を食い止める取り組みが不可欠である。

 第五の理由は、「人口減少は受け入れるしかない」とか、「人口減少を食い止めると言っても有効な手段はなく、もはや手遅れ」といった諦観が広がっていることである。しかし、そうした諦観は少子化・人口減少問題を放置する場合の深刻な帰結を認識し、あらゆる手立てを講じた上でのものだろうか。

 私にはそうは思えない。『人口戦略法案』を著した山崎史郎氏の言葉を借りると、このままで行くと日本は「不戦敗」である。まずは、出生率の低下をもたらしている要因を、出会い・結婚・出産・育児・仕事という人生の重要なステージに即して総点検を行って洗い出し、直面している困難の緩和のために社会や行政が支援をすることだ。出生率の引き上げというのは、よりよい社会を作るという努力の結果として実現するものだという感を深くする。

 このようにさまざまな理由から、少子化・人口減少問題の深刻さへの認識は現在なお不十分であるが、人口戦略会議が出した報告書も契機となって、認識が改まることを強く期待している。

(続きは『中央公論』2024年3月号で)

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白川方明(青山学院大学特別招聘教授)
〔しらかわまさあき〕
1949年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学大学院修了。日本銀行理事、京都大学大学院公共政策教育部教授、日本銀行総裁などを経て現職。著書に『現代の金融政策』『中央銀行』など。
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