演出家が必要だった岸田政権
- 実績の評価への疑問
- 閣僚人事によるイメージ
- 「強い官邸」のパラドクス
- 演出の不在
- 政治不祥事
実績の評価への疑問
8月14日、岸田文雄首相は政治資金問題の責任を取り、9月の総裁選に出馬せずに退陣することを表明した。昨年12月頃に派閥の政治資金パーティー収入の裏金化の疑惑が報道されて以来、苦境に立たされていた。1月に安倍派の国会議員3名と安倍派・二階派・岸田派の関係者などが政治資金規正法違反の疑いで立件された。首相は安倍派出身の閣僚更迭、派閥解散、政治倫理審査会での弁明などの対応策を取る。さらに政治資金規正法を改正、規正を強化する。しかし、内閣支持率は低迷を続け、退陣を余儀なくされた。
岸田首相は2021年10月4日に就任した。約3年間政権を率いたわけである。首相の在任期間は戦後では岸信介に次ぐ第8位となる。
ここに、二つの疑問がある。まず、支持率低迷にもかかわらず、首相が相当の期間、政権を維持できたのはなぜであろう。『読売新聞』の世論調査によれば、昨年11月以降、支持率は30%以下で低迷する(図1)。
より大きな疑問は、首相の実績への評価が低すぎるのではないかということだ。ここに安倍晋三元首相、前首相、岸田首相の実績に関する興味深いデータがある。
日本経済新聞社の世論調査によれば、安倍首相の退陣時に首相の実績について「評価する」「どちらかといえば評価する」という回答が74%であった(『日本経済新聞』〔以下『日経』〕20年8月31日)。菅首相の退陣時のこの数字は57%である(『日経』21年9月12日)。
ところが岸田首相に対しては「評価する」「どちらかといえば評価する」という答えは48%と過半数を切る。「評価しない」「どちらかといえば評価しない」という回答も48%で、評価が分かれてしまっている(『日経速報ニュース』24年8月23日)。
冷静に眺めると、岸田首相は、コロナ危機対応、国家安全保障戦略策定、広島サミット、日米関係強化、日韓関係改善、経済安全保障法制、TSMC(台湾積体電路製造)第2工場誘致、最低賃金引き上げ、NISA恒久化、原子力政策の転換、こども家庭庁設置、少子化対策、アナログ規制見直しなどの実績を残してきた。在任期間がわずか1年の菅前首相より評価が低いのは酷だろう。
こうした評価になるのは、実績が国民に伝わっていないからである。なぜか。それは首相の政権運営の「わかりにくさ」に起因する。
裏金問題は55年体制時代のリクルート事件や東京佐川急便事件に匹敵する酷い不祥事である。岸田派の会計責任者も立件されており、国民が首相の政策をいくら評価していたとしても、政権維持は難しかっただろう。ただ、政策についてより高い評価を得て、退陣する余地はあった。
だが、首相は政権の目標、政策の内容、政権の実績を国民にわかりやすく伝えることができなかった。わかりにくかったのには三つの理由がある。一つ目は閣僚人事によるイメージ。二つ目は「強い官邸」のパラドクス。三つ目は演出の不在である。このため、実績を積み重ねても政治不祥事が目立つことになり、より高い評価につながらなかった。
本稿では2番目の疑問に関する議論を重視しながら、二つの問いに答えていきたい。
(中略)