詫摩雅子×川端裕人 リスク対策の鍵・科学コミュニケーションの体制整備を急げ

詫摩雅子(科学ライター、科学編集者)×聞き手:川端裕人(作家)

専門家の発信を「情報編集」する

川端 ひるがえって日本の「専門家会議」や「クラスター対策班」に対して、「前のめり」「政治家の領域を侵犯している」、あるいは逆に「御用学者」なんていう批判がありました。どんなふうに見えていましたか。

詫摩 専門家会議はデータが限られる中、走りながら対策を考え、さまざまな発信をしてくださったと思います。経済や外交も考えなければいけない人たちも同席していて、彼らに椅子を蹴って立たれてしまったらアウトですから、ぎりぎりの落としどころを見つける、苦しい立場にあったと思います。

川端 かつての専門家会議でも今の分科会でも、出てくる資料は文章の羅列です。エッセンスが詰まっているはずなのに、視認性に欠けていて読むのが大変。だからこそ科学コミュニケーターが解釈を加えたり、伝えたりする意義があると思います。

詫摩 専門家会議も分科会も会議の直後に会見しますし、霞が関の文化として資料が文字だらけなのは仕方がないとは思うのですが、せめて箇条書きにしたほうがわかりやすい。また「オーバーシュート」という耳慣れない言葉も使われましたが、番組では日常の普段使う言葉で解説するよう心がけてきました。

 本当は専門家会議や分科会の中にプロがいて、その場でちゃちゃっとスライドを箇条書きにできればベストですが。いずれにせよ一次資料に当たって、それを噛み砕き、どこを強調するか考えるといった「情報編集」は、私たち"伝える"を仕事にしている者の役目と思っています。

川端 今日のお話のポイントは、普段からいかにして科学コミュニケーションを分厚く備えておくか、ということに尽きると思います。

 コロナ対策でうまくいかなかった原因のかなりの部分は科学コミュニケーションの敗北であって、そこで成功した事例を今日は伺いました。これが未来館だけでなく、各都道府県でオリジナルに繰り広げられるようにならないといけません。おそらく二十一世紀は感染症に繰り返し襲われるでしょうし、先ほどおっしゃった気象や火山、地震などさまざまなクライシス状況が繰り返される恐れもあるので、そういったものに備えるようなコミュニケーターの存在は社会のインフラです。

 震災や原発事故の時はサイエンス自体が割れてしまって、一般には専門家に見える中で喧嘩っぱやい人たちがむしろ科学不信を広げてしまった。でもコロナでは少なくともコアな専門家たちも、未来館のようなボトムアップの側も、その轍を踏まなかった。それは長い目で見て、一つの希望の種です。この教訓と小さな成功─本当に評価できるのはまだ先のことですが─をふまえて、この種を育てていかなければならないと感じています。

詫摩 過分なお言葉をありがとうございます。今回、未来館の八人の"精鋭部隊"はある程度のスキルを積んできた人たちで、彼らをこの業務に専念させることができたから実践できたことだと思います。

 今どこもそうですが、効率という言葉のもとに余白がなくなっています。その余白こそ非常時には本当に必要なのだと痛感しています。

 

〔『中央公論』2021年3月号より抜粋〕

詫摩雅子(科学ライター、科学編集者)×聞き手:川端裕人(作家)
◆詫摩雅子〔たくままさこ〕
千葉大学大学院理学研究科修士課程修了。日本経済新聞社に入社、科学技術部記者を経て、『日経サイエンス』編集部へ。編集者・記者として20年近く同誌に携わる。2011年より東京・お台場にある日本科学未来館勤務。14年に『日経サイエンス』に寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会賞大賞(新聞・雑誌部門)を15年に受賞。日本科学未来館の科学コミュニケーション専門主任を務める。

◆川端裕人〔かわばたひろと〕
1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部卒業。ノンフィクション作品に『我々はなぜ我々だけなのか』(科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞)など。小説作品にフィールド疫学者が主人公の『エピデミック』など。近刊に『新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博氏との共著)。
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