益 一哉(東京工業大学学長)×田中雄二郎(東京医科歯科大学学長) 統合で世界と勝負する大学に
この30年何をしていたのか
益 僕は半導体の研究者です。日本の半導体はかつて世界をリードしていたのに、ここ30年は非常に苦戦しています。東北大に18年勤め、東工大でも18年間教授として研究を行っていましたが、そのことがずっと気にかかっていました。
科学技術創成研究院長を任されて大学全体を見渡すようになったのは2016年。学長になったのは2018年です。その頃には、世界のGDP(国内総生産)は伸び続けているのに、日本のGDPが全く伸びていないことに強い危機感を抱くようになっていました。世界のGDPを押し上げているのは、製造業ではなく勃興した新産業です。
それを見て、努力はしていたけれども、結果としては自分たちが何もしてこなかったことを猛省しました。東工大は1881(明治14)年の設立時から「人を作って新しい産業を興す」と謳っていたのに、半導体分野で遅れをとり、新産業を興してもいない。急速に変化する世界の中で、一向に変わらない自らへの危機感が募りました。2016年に三島良直前学長によって行われた教育、研究、ガバナンス面での大学改革は大事な一歩でした。
2年前、感染拡大への政府対応を先の大戦になぞらえた「コロナ敗戦」という言葉が飛び交って、さらにハッとしました。2020年は敗戦から75年。その75年前は明治維新期です。明治維新の頃の日本は何事にも挑戦的だった。そして、1945年の敗戦後の高度成長期には東工大も含めみんな頑張った。それに比べてこの30年は、我々も産業界も何の挑戦もしていないのではないか。
そこに来てのコロナ禍、そして政府のカーボンニュートラルへの大転換です。菅義偉首相(当時)の下、突如2兆円もの「グリーンイノベーション基金」が作られた。政府がこれだけ一気に舵を切って挑戦するのか、と衝撃を受けました。我々も何らかのチャレンジをするべきではないか。学生に「高い志を持て」「失敗を恐れず挑戦しよう」と口にしている我々が挑戦しなくてどうするのかと強く意識しました。
──近頃大学関係者から聞かれるのは国の研究費削減への危機感ばかりなので、「大学は何もできなかった」との益先生の言葉は新鮮です。
益 僕には半導体への思い入れがあったからね。日本の半導体が凋落してしまった理由を敢えて一言で言えば、過剰品質を追い求めたこと、世界の動きの変化を捉えられなかったこと、そして経営者が投資判断を誤ったことでしょう。この三つは日本の大学にもぴったり当てはまります。国内では1点差を争うような過剰な公平性・公正性を求める入試を行う一方で、世界の大学が、新産業を生むために当然のように組織の再編成などを繰り返しているのを見ていなかった。言い過ぎかもしれないけれど、東工大は製造業系の教育研究を旧態依然として続け、新しい基礎研究への投資も不十分でした。
──それでも、田中先生から最初に大学統合を話題にされたときは素っ気ない返事だったのですね。
益 当初は自分たちでなんとかしようと思っていたからです。しかし、本気で世界に打って出るのなら、他分野の大学と協働するべきなのかもしれないと思い始めた折、田中先生から、再度「1法人2大学」では、というお話があった。そこで、「それでは中途半端だ。本気で国際的に打って出るのなら1法人1大学ぐらいの大きな挑戦をしなければ、学生にも未来にも顔向けができない」と。
田中 益先生から「折り入って話がある」と言われたときは、お断りだろうな、と思いました。それがいきなり「やるなら1法人1大学がいいんじゃない」と言うので、「えーっ。この一足飛び感が理工系の人の思考回路か」と仰天しましたよ。
益 でもイノベーションってそういうことでしょう? 成長には連続的な成長と、非連続的にエイッと飛躍する成長がある。連続・非連続の繰り返しが進化をもたらす。
田中 遺伝子の突然変異もそうですね。(笑)
ともあれ、私は「これは覚悟が必要だな」と思いました。ブランドだった大学名がなくなるわけですから。でも目的に照らせば統合が合理的なのは明らかで、正しい道だという確信はあった。その後は学内の理解を順番に得ながら進めていきました。
(続きは『中央公論』2023年2月号で)
構成:高松夕佳
1954年生まれ。兵庫県出身。75年神戸市立工業高専卒業、同年東京工業大学工学部に編入学、77年卒業。82年同大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。工学博士。東北大学助教授などを経て、2000年から東京工業大学教授。16年同大学科学技術創成研究院長、18年から現職。専門は半導体、集積回路工学。著書に『大学イノベーション創出論』など。
◆田中雄二郎〔たなかゆうじろう〕
1954年東京都生まれ。80年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。85年同大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。同大学医学部附属病院第二内科助手、附属病院総合診療部教授、同大学大学院医歯学総合研究科教授、附属病院病院長、同大学理事・副学長などを経て、2020年から現職。専門は消化器内科学、医学教育学。
聞き手
◆古沢由紀子〔ふるさわゆきこ〕
社会部、ロサンゼルス支局、教育部長、論説委員などを経て現職。中央教育審議会大学分科会委員などを務める。著書に『大学サバイバル』、共著に『大学入試改革─海外と日本の現場から』など。