小林武彦 老いて病む人間、ピンピンコロリの動物

小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)

アンチエイジングの最新技術

 野生でありながら長生きな動物に、アフリカの砂漠に棲むハダカデバネズミがいる。体長10㎝ほどの小さなネズミで、100匹くらいの集団を作り、地中に掘った穴の中で一生を過ごす。

 一般的に、体が大きい動物は長生きで少産、体が小さい動物は短命で多産の傾向がある。小さな動物は食べられやすいので、長生きすることにメリットがないからだ。それよりも、早く成熟して子供をたくさん産んだほうが有利になる。

 ところが、ハダカデバネズミは体が小さいにもかかわらず、例外的に長寿である。穴蔵暮らしなので体を大きくすることができなかった一方で、天敵が少なく、食べられる可能性が低いことなどが理由として考えられる。

 ハダカデバネズミは、実験用のモデル生物として用いられるハツカネズミ(マウス)の10倍も長生きなのだが、老いた状態を見せることがない。死ぬ間際まで普段通りに行動し、スイッチが切れたように死んでいく。老化細胞(炎症細胞)を除去するような、つまりDNAが壊れにくい機構を持っているからだ。

 この機能を応用して、人間のがんなどを克服しようという研究が進んでいる。「老化細胞除去技術」と呼ばれるこの方法は、現在もっとも有望なアンチエイジング技術と言われている。その仕組みを簡単に説明すると以下のようになる。

 100歳を超えるような元気な高齢者に炎症がどのくらい起きているかを調べると、非常に少ないことがわかっている。肺炎などの感染症に罹ると誰しも炎症反応の値が一気に上がる。ある値以上を示すと急変する可能性があるので、入院することになる。例えば、子供がおたふく風邪に罹ったら、血液検査をして炎症反応が高ければ入院させる。

 炎症反応の値は加齢とともに必ず上がってくる。理由の一つは老化細胞が増えてくるからだ。細胞は老化すると炎症性サイトカインという物質を出し、「自らを殺せ」という信号を発する。その信号に反応してリンパ球や白血球などが集まり、その細胞を除去する。さらに炎症性サイトカインは怪我をしたときにも発せられて、傷ついた細胞を治癒させる。

 ところが、年を取ってくると白血球などが衰え、炎症性サイトカインが信号を発しても集まってこなくなる。老化細胞は排除されないまま残存するため、この物質をばらまき続ける。炎症性サイトカインはリンパ球を活性化させて傷を治す役目もあるため、老化細胞の周囲の細胞分裂が盛んになってがん化させる場合もある。こうして炎症反応の値が上がっていくのである。

 以前から、この値を下げられれば老化が防げるのではないかと言われてきた。現在では老化細胞を排除する技術が複数開発され、そのうちのいくつかはマウスなどの実験で効果が認められている。

 例えば、年を取ると腎臓や肝臓の機能がだんだん落ちていくが、この技術によってある程度低下を防ぐことができる。パフォーマンスは明らかに高まり、若返っているのだ。

 ただし、寿命自体がそれほど延びるわけではない。寿命を決めるのは炎症作用や老化細胞だけでなく、おそらく他にもいろいろな要因があるからだと思われる。例えば、心臓の経年劣化のようなことがあるかもしれないのだ。

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