小林武彦 老いて病む人間、ピンピンコロリの動物

小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)

人間にとっての病の意味

 生物学の観点からは、人間にとって病気は悪いものだと決めつけることはできない。

 ヒトは生態系の中であるときは他者を食べ、あるときは他者に食べられる。実際に野生動物に襲われ、食べられることもあるし、ウイルスや細菌の感染による病気に侵されて、つまり食べられて死んでしまうこともある。

 生きているときに食べられれば死を意味するが、死んでから食べられるということは、腐ってバクテリアの餌になることだ。つまり、人間も食う-食われるの関係によって生態系と繋がっている。その中では、ヒトには細菌の餌としての位置付けもあるのである。

 ヒトが独り勝ちになることは、ヒトだけが生態系の中で特別な存在になってしまうことを意味する。そうならなかったということは、その状態にはデメリットのほうが大きかったわけだ。

 ヒトは進化してきたが、同じように病原体も進化するというせめぎ合いを長い間繰り返してきた。その視点からすれば、ヒトだけが独り勝ちになるのではなく、病原体とせめぎ合っている状態こそが選択されてきたと見ることができる。

 例えば、腸内細菌は普段はよいバランスが取れているが、調子が悪くなると悪玉菌が暴走して下痢を起こしたりする。チフスのような病気になれば死んでしまうこともあるが、通常はやられたりやり返したりという小競り合いで収まっている。

 また、病気が完全になくならないのは、ヒトはどのような進化をしてくるかわからない細菌に対して、自分の体を守るための免疫力を鍛えておかなければならないからだと考えられる。小競り合いを常にしているほうが、体が丈夫になるからだ。小さな感染症に罹ることで、致命的な感染症を患ったときにも耐えられるようトレーニングをしているのである。

 感染しなければヒトの免疫機構は確実に弱っていく。例えば、新型コロナウイルス対策でマスクや消毒などをしていた時期にはほとんど感染症に罹らなかったのに、マスクを外した途端になんとなく体調が悪くなった、という経験は少なからぬ人にあるだろう。マスクや消毒はインフルエンザを含めた感染症をかなり強力にブロックした。そのためそれらの対策をやめた途端、急に病気に罹る人が増えたとも考えられる。

 生物学的に見れば、ある細菌に感染して調子が悪くなる人がいたとしても、そのリスクを完全に取り除いてしまうことによるデメリットのほうが大きい場合もある。つまり、病気に全く罹らないことは必ずしもいいことではなく、適度に罹るほうが、長い目で見ると実は理に適った状態と言えるのである。


(続きは『中央公論』2023年10月号で)


構成:戸矢晃一

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小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)
〔こばやしたけひこ〕
1963年神奈川県生まれ。九州大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(理学)。基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所勤務を経て、現職。日本学術会議会員。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』(ともに講談社現代新書)など。
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