坂村 健×松尾 豊 生成系AIは対話力を鍛えるバディ

坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長)×松尾 豊(東京大学教授)
坂村 健氏(右)、松尾 豊氏(左)
 生成系AIの登場で大学教育、そして社会はどう変わっていくのか? 国産OS・TRONの父、坂村健INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長と、人工知能(AI)研究の第一人者、松尾豊東京大学教授が語り合った。
(『中央公論』2024年3月号より抜粋)

インターネット誕生以来の衝撃

坂村 2022年11月にChatGPTが公開されて以来、生成系AIの開発がものすごい勢いで進んでいます。これは1989年にインターネットが誕生して以来の衝撃だと思う。これからも加速度的に進化するでしょう。

 僕が学部長を務めるINIAD(東洋大学情報連携学部)では、学生にもどんどん使えと言っています。レポートだろうとディスカッションだろうと研究だろうと。一部には学生の使用を制限したほうがいいという意見もあるようですが、それは無意味というか、むしろ害が出てくると思いますね。例えば今、インターネットを禁止するなんて言ってもナンセンス。それと同じです。

 実際、生成系AIを使ったほうがいいレポートを書けます。そして、提出された文章だけで学生が生成系AIを使ったかどうか見破るのは無理。その状況で利用を禁止しても、まじめに従う学生だけがバカを見てモラルハザード(道徳・倫理の欠如)に陥ります。ウチはAIを使うのが前提で、AIの文章そのままのようなレポートでは低い評価しか得られないように─ありきたりの単に正しい答えでは高評価にならないように─課題も採点基準も変えました。定期試験はChatGPTを使えない環境で行うとか、AIを使わせても学生を鍛える方法はいくらでもありますから。


松尾 昨年11月、東京大学でアジアン・ディーンズ・フォーラム(ADF)が開かれました。アジア7大学(清華大学、香港科技大学、ソウル大学、台湾大学、シンガポール国立大学〔NUS〕、ニュー・サウス・ウェールズ大学、東京大学)の工学部の学部長が定期的に集い、科学技術開発に関する経験や取り組みを共有するというイベントです。僕はそこでAIについての講演を頼まれたのですが、どの大学も生成系AIの利活用を真正面から考えている姿に驚かされました。

 学生が生成系AIを使うのは当たり前。その前提で、例えばシンガポール国立大学では、教員が何をすべきか明確なルールを設けていました。例えば、あえて生成系AIでは解けないような問題を出そうとしたり、学生が生成系AIを使ったことを見破ろうとしたりするのは無意味である、と。AIを使うことを前提として、学生をどう評価すればいいかをすでに体系化しているんです。

 あるいは清華大学では学内に約10のAI関連研究機関を開設したとか、香港科技大学ではGPU(Graphics Processing Unit=画像処理装置。AI開発に不可欠)を何千台も買ったとか。また、議論のなかでは、最新バージョンのGPT-4は有料だが、その料金を払えない学生がいると不公平だから、大学で補助すべきじゃないかという話も出ました。そこまで議論が進んでいたんです。

 トップ大学からすると、生成系AIをうまく使えるかどうかが、学生の能力を伸ばせるかどうか、ひいては大学の評価にも関わってくるという認識なのでしょう。今この瞬間も、より有効な使い方を求めて試行錯誤を繰り返しているはずです。


坂村 INIADでは、GPT-4をすべての学生が無料で使えるようにするため、学部が料金を負担するシステムを作りました。とにかく積極的に使わせて、よりよい使い方を考えてもらったほうが、よほど教育の役に立ちますね。

 ところが......日本の大学や先生の意識はそこまで追いついていない気がします。このままでは世界の潮流から取り残されるのに、どうも危機感が薄い。十年一日の講義ノートや課題を使い回しているようでは、学生から見限られますよ。

 INIADが生成系AIを全面的に導入できているのは、7年前にゼロから立ち上げた新しい学部で、当初から私の方針に賛同する先生だけを集めているから、というところはある。旧来の大学・学部はそうはいかないでしょう。いろいろな考え方の先生がいて、全体としてまとまりにくいですからね。いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)が日本社会のなかでもっとも遅れているのが大学かもしれません。


松尾 今、松尾研究室は講義を広く開放していて、オンラインを含めて年間1万人ほどが受講しています。東京大学以外の大学の学生も、なかには高校生や中学生もいます。

 なぜこれほど集まるかといえば、学生が大学の授業にもの足りなさを感じているからではないでしょうか。彼らは自分の役に立つ授業、武器を得られる授業を受けたいと思っている。でも大学の先生は供給者側の論理で、自分が教えたいものを教えている場合が多い。それに対する不安や不満の大きさが、1万人という数に表れているように思います。


坂村 そういう大人数の講義なら、生成系AIはいっそう役に立つでしょう。1万人も学生がいると、さすがの松尾先生も個々人の質問には答えきれないと思います。INIADは私立としては珍しい少人数授業ですが、それでも30人程度。一人当たり10分の質問に対応したら合計300分です。私の場合は学部長としての特別講義ということで、一学年全員300人が対象。一斉に質問に来られたら対応できません。だから「いつでも質問に来ていいよ」と言いつつ、「来る前にまず生成系AIに聞いてくれ」と伝えている(笑)。でも、そうやったら、学生のレベルが明らかに上がったんですね。

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