平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 男装者による悲劇的事件

第十五回 男装者による悲劇的事件
平山亜佐子

3.jpg回復後の富美子、病室にて(「婦人公論」1935年4月号)

睡眠薬を飲んで

 駆けつけた富美子の姉はエリ子に対し、富美子と交際しているのは金目当てだろう、業界にいられなくしてやるなどと罵倒した。また、富美子の母がエリ子に会ってお詫びしたいというので面会したところ、弁護士同伴で現れてエリ子の身に着けているものはすべて富美子が買ったと決めつけ、下着まで剥ぎ、バッグの中も調べた。屈辱を受けたエリ子は傷心を抱えてようやく家に帰った。
 ところが2日後、また富美子が家出をして東京にいると電話をかけてきたため、エリ子の自宅に連れ帰った。心配したエリ子の父が富美子の実家に連絡したが返事はない。すでに新聞社に嗅ぎつけられ「又も一万円持って男装の麗人家出」(1月28日付東京朝日新聞)などの記事が出たので、富美子を麹町の万平ホテルに移し、自殺防止のためにエリ子も泊まった。
 翌朝、富美子を見ると昏々と眠っており、声をかけても微動だにしない。傍に遺書が置かれていて、本当はエリ子と死にたかったがやはりひとりで逝くとあった。睡眠薬「アダリン」の過剰摂取だった。富美子はすぐに麹町病院に収容され、しばらく昏睡状態だったが、3日目に目を覚ました。やがて退院して実家に戻った。

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