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エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(二)

【連載第十六回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

『戦艦大和』出版までの長い闘いのはじまり

 阿川は別の回想(「吉田満中尉に」『追憶 吉田満』に所収)では、会場は粗末な木造建築の創元社の二階だったと書いている。それから、「周知の通り、この組版は進駐軍の忌諱(きい)にふれて日の目を見なかった」とも。『戦艦大和の最期』出版への道のりは、まだスタートしたばかりだった。ここから長い長い戦いが始まる。「占領下の「大和」」とは吉田満の絶妙なタイトルづけだ。

「当時は占領軍による厳重な事前検閲が行なわれており、玄人筋からみて、拙稿は、その俎上にのぼる可能性を充分持っていた。そこで、あらかじめ検閲部の内部に連絡して、非公式の検閲を受け、その指示にもとづいて数ゕ所を削除し、万全を期して、活字を組みにかかった。――ところが、いよいよゲラ刷りができて本検閲に回るや、全面的却下に遭うという事態が起こって、すべては水泡に帰したのである。かねて連絡済みの部員のところでは決裁されず、問題のケースというわけで最高会議にまで回され、出版検閲係のチーフをしていたP氏の逆鱗にふれたといわれる。第一行から最終行まで赤線を引かれて完全な抹殺を受け、全ページ、紙面一杯に朱書でSuppress(発禁)と書きなぐってあった。さらにあわせて、今後いかなる機会を通じても、公表罷りならぬとのキツイお達しであった」(吉田「占領下の「大和」」)

 江藤淳は吉田満が亡くなった直後に渡米し、ワシントンのメリーランド大学のプランゲ文庫で、「創元」第一輯のゲラを発見する。GHQ側に残されたゲラ刷りには、青鉛筆で「Suppress」とあり、検閲官の意見書が付されていた。禁止の理由は「militaristic(軍国主義的)」。「痛切かつ感動的」ではあるが、「好戦的分子」が「次の戦争を切望」する危険ありと判定する。「追記」として、最初の検閲が「削除」のみで「掲載禁止処分」を上申しなかったのは、検閲者が日本人だからだと批判した(江藤淳「死者との絆」『落葉の掃き寄せ――敗戦・占領・検閲と文学』に所収)。

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