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エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(二)

【連載第十六回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

吉田への忠告に漲る小林の迫力と意気込み

 掲載は決まり、である。あとは、「創元」の編輯者というより、明治大学文芸科教授の小林が若い教え子を育てるといった感じもある。二十一歳という年の差からすれば当然かもしれない。

「それから氏は、自分の得た真実を、それを盛るにふさわしい唯一の形式に打ちこんで描くこと、これが文学だ、それ以外に文学はない、だからこの覚え書はりっぱに文学になっている、敗戦の収穫として求めていたものに、ここで一つぶつかった、この文語体は、はからずも一種の名文になっている、何も思い惑うことはない、この方向に進んでゆけばいい――繰り返し同じ意味のことを強調された。――しかし、人生の問題は、このように、生きるか死ぬかという形で与えられるとはかぎらぬ、むしろいつもそういう形で問題が出されるなら、解決は容易だ、むろん君は、人生に、文学に、一歩を踏み出したにすぎない、と付け加えられた」

 句点がほとんどなく、読点でずっと言い続けられる小林の忠告を読んでいると、小林の迫力と意気込みが自然に感じられてくる。「敗戦の収穫」という耳慣れない言葉にも小林の昭和二十一年四月現在に探していたものの片鱗がありそうだ。吉田は小林から加筆、改稿の指示をうける。状況説明を補ったほうがいい。「末尾の〝所感〟の部分と、全般の戦闘描写」をもう一考せよ、というアドバイスだったようだ。以下は「めぐりあい」から引用する。「占領下の「大和」」よりも詳しく回想されているからだ。

「しかし基調はやはり、わたし自身の主観による戦闘報告である。この辺のかね合いがむずかしく、だいぶ時間をかけて筆を入れて、当時小舟町にあった創元社に持っていった。/小林さんはまだ昼休みの時間というのに、味醂を焼酎で割った直しという強い酒を湯呑みでのんでおられて、ぐいぐい傾けながら、ゆっくりと原稿に目を通してゆく。右手は、例の銀白色の髪の毛をわしづかみにして、ちぎれるのでないかと思うほどに揉みほぐす。すると、こちらの原稿も、粉々に揉みほぐされるような気がしてくる」

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