辣腕の女性編集者が語る 新書の現在、そして未来 <新書大賞2021>【女性編集者座談会】

新書大賞2021
小木田順子さん(幻冬舎) 草薙麻友子さん(光文社) 大岩央さん(PHP研究所)

2020年の新書ベスト5

――新書市場の動向を踏まえながら、みなさんの20年の新書ベスト5を教えてください。

小木田 ちくま新書の『世界哲学史』シリーズは圧巻です。これからの新書の新しいあり方を示しました。この時期に8巻プラス別巻をきっちり刊行したことも素晴らしい。
 『民主主義とは何か』 (宇野重規、講談社現代新書)は、どう政治に関わるかという、私たちの振る舞い方まで示してくれて感銘を受けました。ちょうど日本学術会議任命拒否問題の渦中に当事者の本が出たという点でも印象的でした。
 『民衆暴力』(藤野裕子、中公新書)で取り上げられている4つの事件について教科書的な知識は持っています。しかし、それを「民衆暴力」というキーワードで捉え直すことで、こんな歴史的な意味づけができるのかと新鮮でした。
 私は終戦から75年も経っているのだから、戦争の記憶が風化するのはしょうがないと思っていました。しかし、『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(庭田杏珠、渡邉英徳、光文社新書)を読んで、歴史の継承を簡単に諦めてはいけないと、ガツンとやられた気がしました。同じく光文社新書の『「文」とは何か』(橋本陽介)には驚かされました。ふつう「文とは何か」なんて考えないですよね(笑)。自明性を問うことの面白さをあらためて感じました。

草薙 私はベスト5というより読んで面白かった本という感じですが、まず『ブラック霞が関』(千正康裕、新潮新書)と村木厚子さんの『公務員という仕事』(ちくまプリマ―新書)の2冊をセットで挙げたいです。ご存じの通り、村木さんは郵便不正事件で大変な思いをされた方ですが、何かと批判されがちな公務員について、その仕事のやりがいや面白さをわかりやすく伝えています。
 石牟礼道子さんについて田中優子さんが書いた『苦海・浄土・日本』(集英社新書)。なぜ女性は生きづらいのか。昨今は日本で専業主婦志向が高まっているとされましたが、その理由の裏に大きな問題があるのではないかと石牟礼さんの思想を通じて気づかされます。
 『街場の親子論』(内田樹、内田るん、中公新書ラクレ)では、親子ってすれ違ったり理解し合えなかったり、切ない関係でもあるけれど、それでいいんだよと優しく教えられた気がします。
 『半グレと芸能人』(大島佑介、文春新書)は反社会的勢力が時代とともにどう変化し、それに芸能人や実業家、スポーツ選手がどう関わったかが描かれていて面白かったです。
 最後にベスト新書の『新型コロナウイルスの真実』(岩田健太郎)を。岩田さんは私も担当ですが、この本はまだコロナが様子見だった頃に著者に取材を始め、クルーズ船の件も挟みながら4月に出版している。この機動力がすごいなと思いました。

大岩 中公新書の『人類と病』(詫摩佳代)と『白人ナショナリズム』(渡辺靖)は緊急出版ではなく、何年も前からの企画にもかかわらず、結果的に時勢を捉えたベストなタイミングで刊行されたことに脱帽です。時事問題を追いかけるだけではなく、社会的な事象を幅広くじっくりと作る中公新書の良さが出た2冊だと思います。前者はコロナを含めた感染症や生活習慣病の問題を国際政治の観点から解き明かしており、感染症収束に向けての示唆と希望に富んだ一冊でした。後者はアメリカでのBLM運動が高まった時に出された本。豊富なフィールドワークから描き出される白人至上主義者の生々しい姿と、それを一歩引いた視点で描く著者の姿勢が対照的で、読ませます。
 『社会を知るためには』(筒井淳也、ちくまプリマー新書)は「緩さ」「わからなさ」という独自のキーワードで社会学を解説しています。平易さ、深さ、面白さが並立しているのは、ちくまプリマー新書ならでは。
 『働き方改革の世界史』(濱口桂一郎、海老原嗣生、ちくま新書)は欧米型のジョブ型雇用を、労使関係に着目して古典を繙きながら解説したユニークな一冊です。日本の雇用体系と対比しつつ、面白く読みました。

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