「脱成長」で危機を乗り越えよ <新書大賞2021>大賞受賞『人新世の「資本論」』斎藤幸平氏インタビュー
「脱成長」で危機を乗り越えよ
――大賞受賞おめでとうございます。『人新世の「資本論」』は2020年9月の刊行間もなく注目を集めています。反響をどう感じていますか。
2020年は世界がコロナ禍で大混乱した一年でした。方々で議論されたように、新型コロナウイルスは人間が自然界を大きく侵食したことで現れたグローバル化の徒花です。また昨年は、ブラジルやオーストラリアでの大規模森林火災、日本でも熊本の水害など、世界的に異常気象が頻発した年でもありました。近年地球の環境異変が問題視されてきましたが、その異変を多くの人が肌で感じるところまできたのです。これらの問題の根源は何か。資本主義です。資本主義は際限なく膨張し、人間社会の基盤となる自然や資源を食い尽くす。さらには貧富の格差を生み、人間の尊厳をも踏みにじります。
ノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンは、地球を覆いつくすまでに人間が活動するこの時代を「人新世(ひとしんせい)」と呼びます。私は今回の著書で、人新世のこれらの問題、資本と社会と自然の絡み合いを『資本論』を著したカール・マルクスに知恵を借りながら検討しました。
現在の反響は、「このままの経済システムでいいのか」という皆さんの問題意識と、私が提起したものが合致した結果だと感じています。
――本書は「SDGsは大衆のアヘンである」と、マルクスの言葉をあてた刺激的なフレーズから始まり、気候変動に対してSDGsは現実逃避にすぎないと指摘します。
国や企業は技術革新やインフラ投資などの相互作用によって、持続可能な成長が可能だと宣言していますが、それはまやかしです。本当に必要な二酸化炭素削減はもっと抜本的なものですし、技術革新による効率化で経済成長を追い求めるなら、その成長もさらなる環境負荷を与えます。つまりSDGsはつらい現実から逃避するためのその場しのぎの掛け声にすぎないのです。
では、この気候危機にどうやって歯止めをかけるか。どこまでも拡大を目指す資本主義を前提にしていては、到底かないません。そこでヒントになるのが、晩年のマルクスが検討していた「脱成長コミュニズム」です。私たちは資本主義に慣れ切ってしまったため、脱成長と言うと、GDPを減らすことだと思いがちです。しかし、そうではなく、量から質への転換、社会の繁栄や生活の質に重きを置く社会に転換すべきです。
コミュニズムも、何も「農村へ帰れ」ということではない。〈コモン〉、つまり水や土壌などの自然環境や、電力や交通網などの社会インフラを市民が共同管理し、循環型の定常型経済を目指すことを指します。
――本書は『資本論』第1巻以後のマルクスを掘り起こし、定説を逆転させたところに新しさがあります。
『資本論』は、マルクス自らが著したのは1巻だけで、残りはエンゲルスがマルクス没後に遺稿から編纂したものです。その結果、マルクスの歴史観は単線的な進歩史観と誤解され、後に生産力至上主義が左派の思考パラダイムとなりました。ところが近年、新しい『マルクス・エンゲルス全集』を刊行しようとマルクスのノートや書簡を検証するプロジェクトが進み、マルクスが生産至上主義を超えて「脱成長コミュニズム」に到達したことがわかってきたのです。詳細は著書を読んでもらいたいのですが、マルクスの思索は現代にも大いなるヒントをくれます。
私の次なるテーマは貨幣や国家論ですが、その前段階として『人新世の「資本論」』の内容をさらに学術的に深めたものを英語で刊行すべく、執筆しているところです。
〔『中央公論』2021年3月号より〕
「新書大賞2021」上位20冊までのランキングと、有識者59名の講評など詳細は、2021年2月10日発売の『中央公論』3月号に掲載されています。
特設ページでも上位20位までのランキングを掲載しています。
「新書大賞」特設ページ https://chuokoron.jp/shinsho_award/
1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。「Karl Marx's Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy」(邦訳『大洪水の前に』)で「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。
編著に『未来への大分岐』など。