歴史的な事実と、その先にあるもの <新書大賞2022>大賞受賞『サラ金の歴史』小島庸平氏インタビュー
新書大賞2022
小島庸平
「新書大賞2022」を受賞した小島庸平さんに受賞の感想、執筆の動機を聞いた――
歴史的な事実と、その先にあるもの
――大賞受賞、おめでとうございます。2021年2月に『サラ金の歴史』が刊行されて以降、いくつもの書評が出て、また多くの感想も寄せられました。反響をどう受け止めていますか。
新型コロナの影響が長引く中で、生活に行き詰まった多くの方が、お金を借りて当座をしのがざるをえない状況が続いています。好むと好まざるとにかかわらず、借金が身近に感じられるようになっている。そんな現状が、本書に関心を持ってもらえた背景にあるのかもしれません。新書大賞までいただけたことは、もちろんとても嬉しいのですが、反面でやや複雑な心境でもあります。
個人的には、落語家の三遊亭白鳥さんに書評していただいたのが印象に残っています。落語家さんは、お金をめぐる悲喜こもごもを、笑いや芸に変える力を持っています。白鳥さんに取り上げていただいて、大げさかもしれませんが、救われたような思いがしました。
――本書はサントリー学芸賞(社会・風俗部門)も受賞しています。授賞式のスピーチでは、先人の積み重ねてきた実証史学の影響などにも触れておられました。ご執筆の際、念頭にあったことを教えてください。
サラ金の歴史を実証的に明らかにした研究は、これまでほとんどありませんでした。それだけに、誤ったイメージが流布されることも多く、まずは歴史的な事実をきちんと明らかにする必要を感じていました。調べてみると、興味深い証言やエピソードが豊富で、学問的にも非常に面白い。サラ金の歴史が、マクロな経済環境だけでなく、働き方や家族のあり方とも密接に関わっていて、特にジェンダーの視点でうまく説明できることに意義を感じました。
新書として執筆することにも、それなりに思い入れがありました。先人の積み重ねという点で言えば、お手本にした作品がいくつかあります。たとえば、宮崎市定(いちさだ)『科挙』(中公新書)。本書執筆の際、担当編集者から受け取った要綱には、『科挙』のように「制度を書きながら、その中で生きた人間の顔が見える」本が一つの理想だとありました。私もそうした歴史叙述を目指していたので、嬉しかったのを覚えています。
それから、実証史学というわけではありませんが、鶴見良行『バナナと日本人』(岩波新書)。バナナというごく身近な食べ物から、多国籍企業の巨大な影響力や、過去の日本人と世界との深い関わりが説き起こされていて、南北問題のような地球規模の問題を自分事として考えさせられました。私に農学部で農業史を専攻することを決意させた本でもあります。
新書は、ある学問領域の手引としての側面を持っていて、その分野の魅力や実力を社会に訴える窓口になってきたと思います。本書が、読者にとって経済史や金融史をより深く勉強する一つのきっかけになればと願いながら、執筆しました。
――『サラ金の歴史』をご執筆後、気になっている動きや、今後取り組む予定のお仕事などについてお聞かせください
コロナ禍による生活困窮の度合いには男女差があり、SNSを利用した新たなタイプのヤミ金も出現しています。その一方で、2006年の改正貸金業法制定以来、不振にあえいできたサラ金業界には、復調の兆しが表れています。
サラ金の歴史は、決して終わったわけではありません。家族の形も変わり続けています。いつか本書の増補版が出せるように、今後もサラ金の世界を同時代史として見つめていきたいと考えています。
〔『中央公論』2022年3月号より〕
「新書大賞2022」上位20冊までのランキングと、有識者49名の講評など詳細は、2022年2月10日発売の『中央公論』3月号に掲載されています。
特設ページでも上位20位までのランキングを掲載しています。
「新書大賞」特設ページ https://chuokoron.jp/shinsho_award/
小島庸平
こじまようへい
1982年東京都生まれ。2011年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。東京農業大学国際食料情報学部助教を経て、現在、東京大学大学院経済学
研究科准教授。著書に『大恐慌期における日本農村社会の再編成』(日経・経済図書文化賞)。共著に『昭和史講義2』『戦後日本の地域金融』など。
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