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母親を壊す「一人ぼっち」症候群

ルポ・子ども殺しの現場から
河合香織 ノンフィクションライター

「なぜ幼い貴い命を救えなかったの」

「児童相談所の怠慢ではないか」

 大阪市西区のマンションで三歳と一歳の幼児が遺体で発見された「大阪二児遺棄事件」を受けて、児童相談所には怒りの電話が殺到した。

 母親である下村早苗容疑者は殺人容疑で逮捕されたが、狭いワンルームマンションはゴミだらけで、遺体は腐敗し一部が白骨化していた。冷蔵庫の扉につけられた小さな手の跡、インターフォンから母を呼ぶ泣き声、外に出ないようにとガムテープで塞がれた扉。

 その凄惨さゆえに、世間は子どもがかわいそうだと怒り、その矛先は児童相談所に向けられた。というのも、近隣からの通告を受け、大阪市こども相談センター(児童相談所)は五回の家庭訪問をしていたからだ。さらに、それ以前に下村容疑者は名古屋に住んでいたのだが、そこでも名古屋の児童相談所が八回にわたるコンタクトを行っていたというのだ。

 児童虐待の相談件数は、毎年記録を塗り替え続けている。二〇〇九年度の全国の児童虐待の相談件数は、四万四二一〇件と過去最高に上った。相談だけではなく、児童虐待の検挙件数も記録を更新。今年二〇一〇年度の上半期は一八一件で、前年の同期と比べると、一五・三%も増加している。

 虐待の増加を受けて、長妻昭厚生労働大臣(当時)は八月に児童相談所を視察し、通告後、四八時間以内に児童の姿を確認する取り組みを徹底するよう各自治体に求める方針を明らかにした。

 虐待死事件が起きるたびに、児童相談所は頭を下げ続けている。しかし、そもそも虐待死は児童相談所の責任なのだろうか。

子どもを救うためなら
何でもするが......

 東京都児童相談センター・児童福祉相談専門課長の影山孝氏はこう話す。

「犯罪に該当するケースは一%以下で、残りの九九%は犯罪というよりも子育てに悩んで不適切な養育をしているような相談です。救えなかった子ばかりに目がいくけれど、救えた子の方が圧倒的に多い。それでも児童相談所は死亡ゼロを目指している。その一%のために必死に方法を模索しています」

 大阪二児遺棄事件では、二〇〇八年四月に施行された改正児童虐待防止法で可能になった臨検・捜索という強制立ち入り捜査が行われなかったことでも批判を受けた。二度にわたって出頭に応じなかった場合などに、児童相談所は裁判所に申し立てをして、強制立ち入りをすることができる。しかし、大阪市は臨検・捜索をしなかった理由に、「保護者や子どもの氏名や年齢がわからなかった」ことをあげている。

 これに関しては厚生労働省が八月二十六日に、氏名がわからなくても強制立ち入り調査ができるという通知を全国に出した。法律施行後の二年強で臨検の件数は全国で三件、東京都では〇件だった。この数字は少なすぎるという批判も集中した。

 確かに、大阪のケースではもしかすると臨検が有効だったかもしれない。しかし多くのケースにとって、児童相談所が強権化することで虐待は本当に防げるのだろうか。

「もっと強硬にやれ、介入しろという風潮になっていることは事実です。強制的にドアを破るため、チェーンカッターも児童相談所で購入しなければならないのかと検討しています。私たちには窓を破ったり、ドアを破ったりするノウハウもない。本当に児相がそこまですべきなのでしょうか。もちろん子どもを救うためなら何でもしますが......」

  臨検に至らなくても、家族を説得したり、親族に鍵を開けてもらうなどして、立ち入り調査もできる。だからこそ、緊急の事態以外において、むやみに臨検を多用することには疑問があるのだという。

「児童相談所は親子の分離をすることが主なのではなく、援助が中心です。司法ではなく福祉なのです。親子を分離してしまうと、なかなか家族の再統合が難しくなります。保護者には虐待の認識がない人も多いのに、児童相談所に子どもをとられたという意識が強くなって、修復ができなくなる」

 そうなると、施設の子どもが将来家庭を持った時に、援助してくれる家族もおらず、孤立してしまうことにもなりかねない。でなくとも、虐待は連鎖することがあることは知られている。リスクは非常に高い。

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