「性の橋渡し役」は天使か悪魔かビジネスマンか
やっぱりもどかしさは感じます
「やっと変われる気がするんです。以前から胸は絶対に取ると思っていたし、子宮も女性を意味するから、いつかは取りたいと思っていたんです」
私たちは下手をすると、性同一性障害者と同性愛者をごちゃまぜにして考えてしまうことがある。しかし、もちろんそれは大きな間違いだ。たとえば女性の同性愛者は、女性の心を持ちつつ女性を愛してしまうわけだが、及川さんのような性同一性障害の患者は、体は女性であっても、心は完全に男性なのである。だから、女性の象徴でもある子宮や乳房を取ることについて、何の未練もない。
「物心がついた時から、ずっと自分は男だと思っていました。子どもの頃から男の子を好きになったことはなかったし、女の子のことが好きだったんです。小学生の時の好きなアイドルもSPEEDで、まわりの女の子たちがジャニーズを好きになったりするのと違っていました」
精神的には生まれてからずっと男であった及川さんは、肉体的にも男性になりたいという願望から、手術以外にも男性ホルモンの注射を受けてきた。
「注射をすると、声が低くなったり、生理が止まるんです。これは嬉しかったですね。これからも打ち続けていくと思います」
しかし、ホルモン注射や手術を受けたところで、今の医療技術では肉体的に完全な男性に生まれ変わることはできない。常にもどかしさはつきまとう。
「やっぱり、もどかしさは感じますよ。生まれ変われるのなら、男になりたいですね」
性同一性障害の患者は、FtMの場合、一〇万人に一人の割合でいるとも言われている。しかし、私も含めて、患者でない人間は、己の「性」に対してほとんど何の疑問も感じることはないだろう。性は「得るもの」ではなく、「与えられたもの」であると信じている多くの人が、彼のもどかしさを理解することはほぼ不可能である。ただ、彼のような存在が世の中には少なからず存在しているのだ、ということを認識することは、とても大事なことであるように思う。
バンコクに入って二日後。及川さんは手術を受けるために、バンコク市内のヤンヒー病院のベッドの上にいた。数時間後には子宮が摘出され、長年の夢が叶うことになる。法律が改正されたことにより、乳房の切除と子宮を摘出することで、戸籍上の性を変えることに大きく近づける。
手術が始まって二時間後、私は医師の許可を得て、及川さんの手術室に入った。手術室のモニターには、これから摘出されることになる子宮が大きく映し出され、それは細かく動いていた。子宮がんなどを理由に子宮を摘出することとなり、涙を浮かべる女性もいる一方で、子宮を摘出することにより、新たな人生が幕を開ける女性もいる。私は画面上の子宮を見ながら、複雑な思いに捉われた。
手術の翌日、私は石田さんとともに及川さんの病室を訪ねた。
「やっとすっきりしました」
彼はどこか晴れ晴れとした表情で言った。その横で、石田さんは日本のテレビ番組が録画されたDVDをセットするという自分の仕事を淡々とこなしていた。何人もの患者を見てきた彼にとっては、今回の手術にさしたる感慨を受けることもないのだろう。
男になったり、女になったり、揺れているんです
ヤンヒー病院専属の日本語通訳者に、性転換手術を受ける日本人の正確な人数を尋ねると、はっきりとした数字はわからないと言いながら、四〇〇人ぐらいだと教えてくれた。この病院だけでそれほどの人数が受けるのであれば、バンコク全部の病院で考えれば、相当な数の患者がバンコクで手術を受けていることになる。
その人数を聞いた時、「すべての人は性転換手術に満足したのだろうか」と疑問に思う気持ちが芽生えた。というのは、私の知り合いにも「男」と「女」の間を揺れ動く人物がいたからである。
私が初めて彼と出会った時、彼は女性の姿をしていた。「麻衣ちゃん」と呼ばれていて、ペニスの切除手術を受け、人工的な女性器も作っていた。姿は女性そのもので、ボーイフレンドもいた。しかし、それから数年後、彼は体重が倍以上に増え、太った中年男になっていた。新宿ゴールデン街のバーで数年ぶりに会った時には、彼から声をかけられるまで、彼が「麻衣ちゃん」だとは気がつかなかった。私は彼の変貌ぶりに驚いた。
「幼い時から、男になったり、女になったり、揺れているんです。女になりたいと思っていてもペニスを切る手術をする前にはちょっと迷ったんです。だけど勢いで切っちゃった。切る前にはホストをやってました。結婚していて、子どももいるんですよ。その時々で男になったり、女になったり、自分でもよくわからないんです。今は、中性的な存在ですけど。まあ、今さらこんなことを言っても仕方ないのだけれども、ペニスを切ったことは後悔していますね」
一説に、人間は子宮にいる段階で「性」が決定すると言われているが、彼の場合はどうなのだろうか。男であるか、女であるか。それは常に、何とも繊細で微妙な判断がつきまとうのだ。「麻衣ちゃん」が男でも女でもなく、第三の性という存在だとしたら、男と女という判断基準では彼のことを捉えることができない。そう考えると、性転換手術というものも、結局は男と女という二元論のなかで行われているものにすぎず、おのずと限界が見えてくる。
光と影
バンコクでの手術を終えて二ヵ月が過ぎた頃、あらためて及川さんに東京で会った。まだ手術を終えて日が浅いこともあり、たいした心境の変化はないのかもしれないが、彼の状況を知りたかった。「麻衣ちゃん」の例もあるので、後悔はしていないかと尋ねた。
「後悔なんてまったくしていませんね。バンコクの時と気持ちは変わらないですよ」
彼は迷いなくそう言った。もう少ししたら、性別変更のため、医師の診断書や手術をした証明書などの書類を裁判所に送るという。もしかしたら、及川さんは「自分が男である」ということに気がつくことができた時点で幸せなのかもしれない。
「麻衣ちゃん」のように、「男」と「女」の間を揺れ動く人も間違いなく存在している。身体的特徴で男女を分けることや二元論では割り切れないものが性にはある。そうした状況のなかで、性転換手術というものの存在は、新たな人生を切り開くきっかけとなることもあれば、迷いに迷いを重ねさせるだけで人生に暗い影を落とすものとなることもありうる。
ヨーロッパの一部の国では、身体的特徴よりも心の性が重視され、手術を受けずとも性を変えられる。一方日本では、神話の時代から現代まで、身体的特徴と性は密接に結びついたままだ。性の揺らぎを抱えた人々が身近となった昨今、新たな・神話・が必要とされる時代に来ているのかもしれない。
「性転換手術のコーディネートはビジネス」と言い切る石田さんだが、最近、性同一性障害という病気に関して、以前より興味を持つようになった。
「『ブレンダと呼ばれた少年』など性転換に関する本も読んだりしているんですよ。患者さんが来れば来るほど、責任が生じますからね」
ひょんなことから性転換と関わることになった若者は、金儲けだけではない何かに気がついたようである。他者から学び、アジアに生きるこの若者は飄々として図太い。
(了)
〔『中央公論』2011年1月号より〕