四大卒も中小企業を目指せばいい

海老原嗣生(株式会社ニッチモ代表取締役)

 しかし、これで解決というわけではない。今回の予算も内容を吟味してみると、大学と企業にお金をばら撒くだけに過ぎない。企業には「お金をあげるから人を雇ってください」、大学には「お金をあげるからキャリア・カウンセラーを雇ってください」と。この「お金をあげるから雇ってください」という施策は、思いのほか危険な影響が出る恐れがある。たとえば、補助金欲しさに、本来ならば採用する力のない企業までもが、採用に手を挙げてくる可能性がある。なかには、まともな経営などする気もないブラック企業もまざっているかもしれない。今ようやく健全で実力のある中小企業が新卒採用に前向きになってきているというのに、おかしな企業が参戦してくると、新卒市場自体が荒れてしまう危険もある。

 何より単純に企業に金を払っても意味がない。求人はいくらでもあるのだから。問題は企業側ではない。もし金を使うなら、学生たちが中小企業に振り向くような施策に金を使うべきだろう。

中小企業に目を向かせる方法

 学生が中小企業に就職したがらない理由は五つある。その理由を順に挙げながら、私なりに考えてみたマッチングの施策を紹介したい。

 まずは一つ目。学生が中小企業を避ける一番大きな理由は、「わからないから」だ。大企業ならば、消費者の一人としてその会社の製品を使ったことがあったり、テレビCMを見たことがあったりして、どんなビジネスをしているのか想像くらいはできる。また、採用人数も多いため、同じ大学の先輩が就職していたりするので、職場の様子などを聞くこともできる。一方、中小企業はとにかく情報がない。どんなビジネスをしているか想像もできない。大学のキャリアセンターの係員も、データがないので企業HPやハローワークの求人票に書いてあるような、あたりさわりのないことしか伝えられない。これではその会社に就職しようと努力する気が起こらないのは当然だ。

 二つ目は、・不安・だ。ブラック企業だった場合の対応策がないからである。有名企業なら、企業イメージも大切なので、そうそうおかしなことはしないだろうと予想できる。しかし中小企業の場合、開き直られたら、従業員は泣き寝入りすることになるのではないかと心配になるのもよくわかる。

 三つ目は、しっかりとした社会人教育を受けられないという心配。大企業の社員教育に比べて、中小企業の社員教育は、質の面でも量の面でもどうしても劣っているのは事実である。

 四つ目は、同期がいないから。従業員一五〇人規模の会社だと、新卒採用は平均して五人前後。各部署に振られてしまうと、愚痴を言い合ったり、ライバルとして切磋琢磨をしていく相手がいなくなる。「仕事だけが人生」ではないとしても、人生の長い時間を仕事に費やすわけだから、同世代間の刺激が欲しいと思うのも切実な要望だろう。

 そして五つ目。中小企業は、平均的に見れば、給与も安いし、休みも少ない、という待遇面の問題だ。

 こうした学生の中小企業に対する不安・不満要素を一気に解決するために、たとえばこんな仕組みを作るのはどうだろうか。

 中小企業に就職した人全員に、国が県・地域別に一ヵ月間の導入研修をするのである。そこで名刺交換やアポ取りの電話のかけ方といった社会人マナーをしっかり教える。一ヵ月もの間、一緒に過ごせば、同期意識も生まれてくる。できれば導入研修だけではなく、夏休みの振り返り研修、一年後には春休みの振り返り研修と、大企業と同じように、「研修」の機会を作りつつ、同期で集まるようにする。すると競い合うだけではなくて、愚痴も言えるし、恋も生まれるかもしれない。そうなれば「中小もいいな」という空気ができる。

 この振り返り研修時に、全員にキャリア・カウンセリングをする。パワハラやセクハラを受けていないか。心のケアもする。

 待遇面での不満を解消するには、一年間働いたら勤続祝いで一週間の休みと五万円を支給するのはどうだろう。一年で勤続祝いを貰わずに、二年頑張れば二週間の休みと一〇万円を支給するという仕組みにしてもいい。どうせ金を出すならば、こういう使い方をするべきだ。同期の研修組で「一年頑張ってハワイへ行こう」とか、そんな目標になれば最高だ。きっと励みになる。

 さらに新卒版労基署を作り、ブラック企業に対する駆け込み寺とする。

 そうして、研修時のカウンセリング情報やブラック駆け込み寺履歴、勤続表彰者の数、といった情報をデータベース化していく。こうした、実際に勤めた人のリアルな情報が蓄積されていけば、そのデータベースを見ながら、学生も安心して会社を選ぶことができるようになるだろう。

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