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震災後の社会を切り拓き世界のフロントランナーとなれ

牧原 出(政治学者)

もっとも、復旧の最前線をどうとらえるかは難しい。生命の安全に目的が絞られた救護の段階を脱し、何とか日常生活を取り戻そうとする段階である。必要なものは被災状況・年齢・家族構成・居住地区などによって異なる。記憶も状況認識も将来像も全く異なる人たちが、お互いの生活の再建に向けて協力し始める。そのきっかけが「地震のとき」を互いに確認し合うことなのだろう。

 この復旧段階から復興の段階に入ると、何が必要となるのであろうか。単なる復旧ならば、とりあえず生活を元に戻すための地域と都市の再建であろう。だが、復興は、災害を機に地域像・都市像を再構築して、そこに向けてがれきの山を全く別物に組み替えていくことである。阪神・淡路大震災のときのある現場の担当者から、次のような話を聞いたことがある。

「とにかく電話をつなげるんだということで、不眠不休の活動をしていた中で、『仮復旧』と『本復旧』という言葉の違いを強く意識した。とりあえず回復するという『仮復旧』と、ちょっと見栄えは悪いけれども、将来にわたって何とか使える状況にもっていく『本復旧』。そこからさらに『復興』という言葉が使われた瞬間に、自分の心の中で『あっ、もうちょっとがんばらなければいけないな』という新たな動機づけをいただいた。それが『復興』という言葉のパワーのように感じられた。たとえば『復興』ということになると、設備的にそれなりの強度を持ち、長期的に考えて設備を作り直したほうがいいということで取り組んだ」

 このように、「復旧」の段階で、ライフラインの再建に取り組む側では、どこまで長期的観点をとって事業を行えばよいか、判断を重ねている。「復興」の局面をにらんでいるのである。

 それはまた、一般の人々も同様である。復旧の段階で、一つ一つライフラインが戻っていくと、心のどこかで震災前にそのまま戻れるような気分になる。束の間の安堵。だが、生活のリズムが整えば整うほど、失ったものの尊さが痛みとともに意識される。ちょっとした思い出の品だったりするかもしれないし、もちろん、喪ったかけがえのない人であるだろうし、わがこととして記憶のどこかに刻み込まれた悲惨な被害の風景だったりするだろう。そして、どこかで気持ちを奮い立たせて、震災後の新しい生活へ一歩を踏み出す。まずは近しい人たちと手を取り合って。そのときに、復興の問題と向き合うのである。

 では何を目指す復興なのだろうか。この復興の目的を作り出し、実現に向けて動き出す動力源こそ、政治である。すでに関東大震災や阪神・淡路大震災からの復興の先例が取りざたされているが、いずれもそれまでの発想を組み替える新都市の建設を目的としたプロジェクトの集積であった。だが、今回の地震の主たる被災地は東北から関東の太平洋沿岸の県であり、そこには中枢都市もなく、地域としての一体性もない。どうやってコンセプトを打ち出せるのだろうか。そのためのメディアとして、関東大震災後には新聞・雑誌が「復興」を流行語にし、阪神・淡路大震災ではテレビ・新聞の報道に加えて、多くのファックスが復興委員会宛に送られてきたという。これに対して、今回の震災では、救護段階でのツイッターの活躍がすでに示しているように、ウェブを通じたコミュニケーションが大きな役割を演ずるであろう。復旧段階で助け合った人の輪が、これによって一気に拡大する可能性を見逃してはいけない。すでに、中東の政治を大きく変えたウェブは、震災後の日本の「復興」の政治をも変えていくのではないだろうか。

 また、ヒントは国外にもある。関東大震災後、後藤は、「先づ有形三十五億の損害は、世界各国の同情に頼り、世界の金をもつて、#改造#レコンストラクシヨン#の実を挙げ得るものと信ず」と述べ、復興に世界を巻き込もうとした。ヨーロッパにおける第一次世界大戦の戦災からの復興を横目に、後藤は、大戦の直接的影響の少なかった日本での震災からの復興を世界的な現象ととらえたのである。グローバル化が進んだ今、日本の復興を世界の動きと重ね合わせることはむしろ当然のことである。事実、未曽有の規模の震災と原発事故とで世界の関心は高まっている。今こそ国外からの提言と構想に期待できるのかもしれない。

 だが、最大の問題は、この難局を乗り切る人材の確保であろう。復興の目的・その工程表・財源の確保といった要素は、これまでは「復興計画」という形でまとめられた。それは、プランナーの独擅場であった。だが、二十一世紀に入って、国土計画が作られなくなると、プランナーは退場していった。今回の震災からの復興のように、東北から関東にわたる被災地域を見渡し、インフラをふまえた見取り図を描き、実施部門に働きかける人材供給源はさしあたり見いだせない。新しくどう発掘するか。確かに難題だが、日本の社会と政治を切り拓くという課題は、世界の明日を切り拓くことになりつつある。震災と今後向き合い続ける日本は、二十一世紀の世界のフロントランナーといえるだろう。甚大な被害を克服し、日本の将来と世界の将来を担うことに使命感を見いだす人材は必ず日本のどこかにいるはずだ。思いもよらないところから一群のプランナーあるいは将来のデザイナーが突如現れることに期待してもよいのではないだろうか。(了)

〔『中央公論』2011年5月号より〕

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