ネット発「動員の革命」は日本を変えるのか

津田大介(メディアジャーナリスト)× 茂木健一郎(脳科学者)

津田 確かに震災以降は、芸能人にしても有名人にしても、ネットの主流意見と違う意見を言うときの精神的コストが上がっている気はします。茂木さんや僕のように、ネット上で多少叩かれても気にしないタイプでも、執拗に絡まれると「面倒臭いな」と思うことがある。だから繊細な人であれば、発言にものすごく気を使うだろうし、すごく無難なことしか言えなくなっていく......。

茂木 でもそれでは地上波テレビと同じですよね。

津田 そうです。あまりみんなが「炎上」を怖がって無難な発言しかしなくなると、せっかく育ちつつあった自由な発言を良しとするネットメディアを殺してしまうことになる。そこはぜひネット利用者の方たちに「自重」していただきたいですね。

攻撃性は一つの果実のようなもの

茂木 僕はね、意見とも呼べないようなひどい言葉をただただ投げつけてくる人に対しても、悪意を持つことはないんです。脳科学者というのは因果な商売で、発言を文字通り受け取るよりも、「この人はどうしてこういうことを言うんだろう」と興味を持ってしまう。
 だからこそ危機感を持つんです。どんな背景を持った人が、僕に対して文句を言ってくるのか実際には分かりません。けれど、仕事が順調でプライベートも充実している人は、わざわざ人を貶めることにエネルギーを注ぎ込まないだろうなとは思うんです。ということは、もしかすると、僕に文句を言ってくる人たちは、自分自身の人生がすごく苦しいのかもしれない。そしてそんな人たちが世の中にたくさんいるのは、社会としては非常にまずいことだと思うんです。
「自己責任」という言葉があります。あなたは「自由意志」で動いたのだから、何が起きてもあなたの責任ですよ、という考え方です。でも脳科学的な知見から言うと、人間には「自由意志」はないんです。随意運動をするときは、行動する一秒前には準備電位が流れて、すでに身体は動き出している。つまり「意識」する前に無意識で動き始めているんですね。では「意識」ができることは何かと言えば、拒否権を発動することです。例えば、殺意を持つことは人間なら誰でもある。けれども、それを止めることはできるということです。
 だから僕は基本的に、twitter で酷いつぶやきを僕に送りつけてくる人たちが、その人が置かれている状況の中で、この「僕に酷いつぶやきを送りつける」以外の選択をできたという立場を採らないんです。それは一つの果実のようなもので、土壌に問題があれば、自然と暴力の果実が生まれてくる。だからそもそも、そういう土壌があることのほうに問題があると考えています。

津田 よく分かります。たぶん「韓流ばかり放送するフジテレビには問題がある」なんて大多数の日本人は思っていません。実際に地方で取材をしていても、「津田さん、フジテレビが絡まれているけど、あんな話をしている人は、周りに誰もいないよ」という話をよく聞きます。逆に言えば、「フジテレビは偏向している」「韓国人は日本から出て行くべきだ」といったことを現実社会で言うと、「何を言ってるんだ、あいつは」と、つまはじきにされる。
 ところが、ネット上には自分と同じような考え方を持っている人がいる。2ちゃんねるは書きっ放しでしたので、なかなかリアルな人間関係にはつながらなかったようですが、SNSを使うと、その関係が継続することになる。こうして不満を溜め込んだ土壌ができあがっていくんですね。さらに今は、それが五〇〇〇人集まるという形で顕在化しているわけです。

茂木 結局ね、ネット上で批判してくる人たちは、階層構造を読み取っているんです。世の中には「恵まれている者」と「恵まれていない者」がいる。お前はその恵まれていない者の側に立つのか、恵まれている者の側に立って、既得権益の甘い汁を吸うのか。そういういう踏み絵を彼らは一貫して要求している。それはね、心の叫びとして、僕の心に響いたんですよ。「あ、そうか、お前らそんなに辛いのか」とね。
『You are not a Gadget』〔ジャロン・ラニアー『人間はガジェットではない』〕という本があります。著者は、アバターという概念を作った人なのですが、ネットの状況について、非常に批判的というか、悲観的です。本来ネットが持っていた自由を、今の世の中は十分に活かせていないと言うんですね。
 例えば、YouTube でも、twitter でも話題になるのは、既存のメディアがつくったものばかりですよね。フジテレビで今こんなドラマやっているよとか。でも YouTube のスローガンはBroadcast Yourself です。ネットというのは、既存のメディアが独占していた情報発信権をみんなに与えられる、というのが前提だったわけです。それでアンディ・ウォーホルの「一五分間だけなら、今は誰でも有名になれる時代が来る」(?15 minutes of fame?)という言葉がよく引用されたわけですが、実際は世の中は変わらない。だから津田大介がNHKの「クローズアップ現代」に出た瞬間に、もう津田大介は一介の twitter ユーザーではなくて、特権階級なわけですよ。

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