ネット発「動員の革命」は日本を変えるのか

津田大介(メディアジャーナリスト)× 茂木健一郎(脳科学者)

津田 原発に関しては、「今すぐ止めるよりも、自然エネルギーからの供給を少しずつ増やしていきながら、徐々に脱原発していくのがいい」と一般的には言われていますよね。でも僕は、きっと日本人にはそんなことできないと思っています。
 むしろ、もし原発を停めるのであれば、来年の四月にでも一気に停めてしまう。そしてその状況に対して国民みんなで対応していく。このほうがずっとうまくいく気がするんです。
 というのも、日本人は「変わりたくない」という欲求がすごく強いと同時に、状況適応能力が非常に高いんですね。これは被災地の取材をしていて、いつも感じることです。ある与えられた状況の中で、混乱せず、とにかくそこに適応していく力は本当にすごい。常に災害と隣り合わせで生きてきたからなのかもしれませんが、国際的に見ても、日本人が圧倒的だと思います。国民みんなが「人間万事塞翁が馬」を意識している国など、日本以外にありません。
 被災地の取材に行くと、役所は何もしてくれないからということで、地域の実力者たちが勝手に復興プランを作って自分たちで進めているところも多いんです。客観的に見ると、すごく大変な状況に置かれているはずなのに、非常にたくましいんですね。
 僕は、日本人のこの状況適応能力を使う方向になるならば、きっかけは外圧でもいいと思うんです(本当は政策的にそれができたほうがいいわけですが)。とにかく一度、極端な状況を与えられる。そしてそれに対応していく。これなら日本は良い方向に変わるんじゃないかという気がしています。

茂木 人間一人一人を見ていくと、みんな得意分野と不得意分野がありますよね。これは国でも同じことが言えると思うんです。結局、日本人は twitterや facebook のようなプラットフォームを作るのはすごく苦手です。プラットフォームを作るというのは、まさに状況に適応するのではなくて、状況を作成してしまうことですよね。これはダメなんですね。

津田 でも、twitter でもハッシュタグの使い方などみてもわかるように、ある種の異文化が持ちこまれると、日本人は日本人なりに独自の発展をさせる能力があります。これは自信をもっていいことだと思うんですよね。

茂木 なるほど、そちらに特化させるというのも一つの手だとは思います。ただやっぱり僕としては、状況作成のほうもあきらめたくないという気持ちがあります。
 大阪府知事の橋下徹さんはとても人気がありますよね。僕個人としては、橋下さんの活動には賛成できないところも多いんです。例えば、光市事件の弁護団に対する懲戒請求をテレビで放映したことにしても、僕自身は日の丸を掲揚するときは立ち上がるし国歌も歌うけど、それを条例で強制して、それをしなかった人を処分する根拠条例を作ることにしても、プリンシプルの問題で賛成できない。けれども、橋下さんが支持を集める理由は分かる気がする。それは「橋下さんならば、何か状況を作ってくれるのではないか」という期待を持たせてくれるからです。
 今日の対談の一貫したテーマになっていますが、「状況を変える」というのは基本的に不条理なことだと思うんです。例えば、明日から記者クラブを廃止するということになれば、省庁内に設置されていた主要紙記者の居場所はなくなります。それは実際そこに机があって、そこで仕事をしていた人たちにとっては、ものすごく不条理なことでしょう。「俺たち今まで楽しくやっていたのに、なんで追い出されるんだよ」と。変化というのは常にそういうものだと思うんです。だから橋下さんの言動がときどき不条理に見えるのも仕方がないんだろうなという気もします。
 そういう意味で言えば、小泉純一郎さんも状況作成能力に長けた人でしたね。郵政民営化なんて、郵政の内部にいる人たちにとっては不条理の極みだったと思いますよ。
 ソフトバンクの孫正義さんもそうです。よく覚えているけど、ソフトバンクがまだ出版社で、街頭でモデムをタダで配っていた時期がありますよね。

津田 確かにあれはまさに状況作成でしたね。

茂木 その後、vodafone を買ったときも、手元資金が全然足りなかったけれど、えいやと買ってとにかく状況を作った。さらにその後、アップルと交渉して、iPhone と iPad を握ったことで、ものすごく大きなジャンプをした。その時々で自分を引き上げてしまうような状況を無理やり作りだすことで、ソフトバンクという会社をここまで大きくしてきたのだと思います。
 一人の人間の人生も同じだと思うんです。人間はある状況に置かれれば適応していきます。だけど、「自分が伸びるような状況に置かれない」ということこそが、たいていの人にとっては大問題なのだと思うんです。

津田 確かにそういう面はありますね。そしてネットで不満を溜め込んでいる人たちのお決まりのセリフも「自分たちは置かれている環境が悪い」といったもののような気がします。

茂木 ですから、やっぱりいくら日本人は苦手だと言っても、「自ら新しい状況を作る」ということは、あきらめてはいけない。そう思うんです。

(了)

〔『中央公論』2011年12月号より〕

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