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JR北海道、トラブル連鎖の裏側

レール異常、車両故障、覚醒剤事件
梶山征廣(北海道新聞本社報道センター編集委員)

「ひゃくななじゅう?」

 北海道新聞本社(札幌市)六階の編集局。朝刊の制作作業が佳境を迎えていた九月二十五日午前一時ごろ、JR北海道(札幌市)の全道各線でレール幅が「許容値」を超えるレール異常が新たに判明した。JR北海道本社に詰めていた現場記者からの電話での報告に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「それって、新たに?」

「はい、そうです」

「この前の九七にプラスして?」

「そうです」

 時間は記事出稿締め切り間際。記者は差し迫った声で私の質問に答えるのだが、やり取りを続けているうちにばかばかしくなってきた。予想もつかない展開ながら、苦笑いさえ浮かばない。出来の悪いコントを見せられているような感じと言えば、私の心中が伝わるだろうか。

トラブルの連鎖が止まらない

 JR北海道を巡る事故や事件、トラブルの連鎖が止まらない(77ページの表参照)。私がJRの事故などを担当する遊軍キャップとなった今年三月以降に限っても、JR関連の出稿記事は相当数に上る。特に七月からの加速ぶりは目に余る。特急列車のトラブル三連発に続き、男性運転士が覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕される事態に。八月も悪天候が原因とは言え、貨物列車の脱線事故が発生し、お盆のUターンラッシュを直撃した。

 さらに、北海道南部・函館から北約三〇キロに位置する函館線大沼駅構内で九月、貨物列車脱線事故が起きた。国土交通省運輸安全委員会の事故調査で、事故現場を含む九ヵ所のレール幅が、脱線を防ぐために設けられている「許容値」を超えていたことが判明。このうち四ヵ所は点検でレール異常を把握しながら一年間放置されていた。さらに、JR北海道の担当者が「これ以上はない」と啖呵を切ったその舌の根の乾かぬうちに同様の異常箇所が九七ヵ所となり、さらに約二七〇ヵ所に拡大した。

 監督官庁の国交省も、重大事故などを起こした鉄道事業者に対して実施する特別保安監査に入った。JR北海道にとって三度目となる不名誉な外部介入。「極めて悪質」として、全ての膿を出し切るよう求める菅義偉官房長官の意向を受け、監査員が増員された上、二度にわたって期間が延長された。本社と現場との意思疎通がまったく図られていないとして事業改善指示を受けた後も、特急の自動列車停止装置(ATS)の非常ブレーキが最大三ヵ月間利かない状況で運行していたことが判明し、異例の追加監査が行われた。

 底なし沼にはまり込み、脱出の糸口が見えないJR北海道。そうした現状に、道民の視線は複雑だ。「北海道にとってなくてはならない」と認めつつ、改善の気配が見えない公共交通機関に募るいらだち。道産子の共通の思いは「あの惨事がありながら、なぜ」との疑問だろう。

トンネル内の車両炎上という大惨事から学ばなかった

 あの惨事──。それは二〇一一年五月二十七日夜、北海道の「へそ」として知られる富良野から南に数十キロ離れた山中で発生した石勝線特急脱線炎上事故だ。釧路発札幌行きの特急「スーパーおおぞら14号」(乗員乗客二四五人)が上川管内占冠村の第一ニニウトンネル内で脱線。乗客たちは車内から自力でトンネル外に脱出した後、車両六両が炎上した。

 けが人約八〇人。それだけでも、鉄道事業者が起こしてはならない大事故であったのは間違いない。この事故がさらに深刻なのは、乗客たちが、運転指令センターの指示で車内にとどまるよう求めた乗務員の制止を振り切り、脱出を図っていなければ、乗客一〇六人と運転士が死亡した二〇〇五年四月のJR福知山線脱線事故を上回る死者が出ていてもおかしくはなかった点だ。

「煙が徐々に濃くなり、生きた心地がしなかった」

「トンネルの中は真っ暗闇。外に出た時、その明るさに救われた」

 金曜夜の最終列車で、単身赴任先から札幌に戻る途中だったという取材先の釧路地方の医師たちが異口同音に語った生々しい言葉。当時、釧路管内東部の厚岸町で支局長を務めていた私は、彼らの体験談を聞くたびに身震いした。

 一九八七年のJR北海道発足以来、「最も重大」と言われたこの事故で、同社は国交省から事業改善命令を受けた。一一年九月には、企業再生への基本的な考えをまとめた「安全性向上のための行動計画」を発表し、一二年十一月に「安全基本計画」を策定。一三年度から一〇年間で総額一三〇〇億円を投入し、追加の設備投資や修繕などに取り組む意向を明らかにした。
「お客様の安全を最優先に取り組む」「現場第一主義の実践」「鉄道会社の原点に立ち返る」。こうした言葉は今、色あせて見えるばかりだ。

 一例を挙げる。JR北海道側の原因で列車の運休や遅れにつながった二〇一二年度の輸送障害件数(在来線の列車一〇〇万キロ走行当たり)は、五・〇四件。他のJRの旅客五社と比べて、二・八〜七・六倍という突出した数字だ。一〇年度まで二件台で推移していたが、石勝線事故があった一一年度は三・五四件。この二年間の急増ぶりはまさしく異常事態だ。

 今年六月に就任したばかりの野島誠社長は、九七ヵ所に及ぶレール幅の「許容値」超過を明らかにした九月の記者会見で、JR石勝線特急脱線炎上事故を引き合いに出し、「あの時、会社は最大の危機にあると覚悟したが、今はさらに厳しくなっている」と説明。トップ自らが「当社はまさに存続が危ぶまれる危機的な状況にある」との認識を示した。このままで窮地から抜け出す道はあるのだろうか。

圧倒的な財政基盤の弱さ

 JR北海道の一連の事故・トラブル取材を通して見えてきたのは、問題の数が多いばかりではなく、多岐にわたっていることだ。ここを治せば完治するというような、単純な状況にはないというのが実感だ。

 問題点の一つには、鉄道会社であるにもかかわらず、鉄道事業単体では経営が成り立たない財政基盤の弱さがある。JR北海道が抱える鉄路の大半が、赤字ローカル線だ。採算ラインに乗っているのは、札幌近郊の路線を中心に全体の一三%に過ぎない。全道の一日平均利用者数約三六万人は、JR新宿駅の一日の乗降客数の半分にとどまる。

 鉄道運輸収入は一九九六年度の八〇〇億円をピークに減少傾向が続いており、一二年度は六八八億円。同年度の営業赤字は三〇〇億円強に上る。収入で必要経費をまかなえない基本構図は国鉄民営化当初からまったく変わっていない。

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