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JR北海道、トラブル連鎖の裏側

レール異常、車両故障、覚醒剤事件
梶山征廣(北海道新聞本社報道センター編集委員)

 このため、JR北海道に四国、九州を加えた「三島会社」については、経営安定基金の運用益で赤字をカバーするというスキームが組まれてきた。JR北海道の現在の基金は約六八〇〇億円。ただ、この仕組みも長年の低金利で思うような運用益が得られておらず、二〇一一年十二月以降は、鉄道建設・運輸施設整備支援機構から特別債権二二〇〇億円の利息分数十億円を受け取る支援を受けている。

 一方、JR北海道自身も、強靱な経営体質を目指し、多角化に着手してきた。札幌駅前のJRタワーを中心とした商業施設は今年開業一〇周年を迎え、大通地区中心だった札幌の商業地図を大きく塗り替えた。グループ会社の年間連結売上高は約一八〇〇億円。鉄道運輸収入が減る中、一〇年間で三〇〇億円も売り上げを伸ばした。

 こうした鉄道事業を巡る逆風が安全対策をなおざりにしたとの指摘は、社内からも上がっている。

 昨年九月から三回にわたって、ディーゼルエンジン内部の同じ部品破損が判明した特急車両183系は、エンジンを増強し、最高時速一三〇キロ、平均時速でも八〇〜九〇キロの高速運転を続けていた。少しでも早く目的地に到着することは、乗客が望むサービスの一つであることは間違いない。JR北海道にとっても、航空機やバス、乗用車との競争があり、高速化を指向したこと自体は間違いではなかったと思う。しかし、それはあくまでも安全が確保されていることが前提だ。

 183系は一九八〇年代の製造で、車体が古い。JR北海道は九〇年代以降、振り子式の281系や283系などの新型特急車両を順次導入してきたが、183系がいまだ全ディーゼル特急のほぼ半分を占めている。複数の専門家からは、無理な高速化が事故やトラブルの原因になっているとの指摘も相次ぐ。

 レール幅の「許容値」超えの問題でも、保線員たちから聞こえてくるのは「予算がない」の大合唱だ。全道の路線網の約六割で使われている木製枕木は、穴が開くなどして老朽化した際には「要交換」を示す白いペンキで斜線が引かれるが、そのまま放置されているケースが目立つ。「要求通りの枕木が届かない」との現場の声が、悲鳴に聞こえる。

労組の問題と社長の自殺

 そんな現状に、JR北海道が抱える特有の人的問題が重なる。特に、組織内の縦横に走る分断の溝は深く、複雑に交錯している。

 まず、約七〇〇〇人の社員の年代構成が、ある年齢層だけが極端に少ないいびつな形になっている。二十代二七%、三十代二三%、五十代三八%に対し、四十代が一〇%。ベテランと若手をつなぐ働き盛りの中堅が極端に少ないのは、国鉄民営化前後の採用抑制の余波で、技術の継承などに影響を及ぼしているという。九月の貨物列車脱線現場を担当する函館保線所大沼保線管理室は、社員一九人のうち一人を除いて五十代以上か、二十代以下という人員配置となっている。

 これに加え、記者会見を重ねるたびに、問題の箇所数が次々と増えていったレール幅の「許容値」超えの問題では、本社が各現場の実情をまったく把握しておらず、「ガバナンス(統治)がない組織」という実態があらわになった。

 同社内の四労働組合の存在もクローズアップされている。

 四労組は、組合員の八割強が所属する最大労組のJR北海道労組(五千数百人、JR総連系)と、JR北労組(五百数十人、JR連合系)、国労道本(百数十人)、全日本建設交運一般労働組合北海道鉄道本部=建交労道本部(十数人)。

 同じ職場の同僚でも、異なる組合員の冠婚葬祭への出席を所属労組幹部からとがめられるとの社員の証言は数多く、所属労組の違いが原因で仕事のやり取りに支障を来すケースもあるという。各労組の前身となる旧国鉄時代の労組同士が、国鉄分割・民営化の方針を巡って対立した構図が今も色濃く残る。

 労使の関係も複雑だ。

 石勝線特急脱線炎上事故後の事業改善命令を受け、JR北海道が改善措置報告書を国交省に提出する直前の一一年九月十二日。この日朝に行方不明となった後、十八日になって小樽沖で遺体で発見された中島尚俊元社長(六十四)がしたためた社員宛ての遺書の中には、微妙な労使関係をうかがわせる文言がある。

「この度の三六協定違反では、長期間にわたって協定に違反する事態が発生しており、社員の皆さんに多大なご迷惑をおかけしたことを、お詫びいたします」

「三六協定違反」とは、JR北海道が労働組合と協議を行わず、社員に上限を超える時間外労働をさせていた労働基準法第三十六条違反事案を指す。同社は七月に札幌中央労働基準監督署から同法違反による是正勧告を受けていたが、同社がこの事実を発表したのは中島元社長失踪の五日前だった。

地元紙記者として

 紅く色づいた樹木の下、例年より少し早い雪景色が広がる。私は北見出張を終え、大雪山系の山中を駆ける特急オホーツクの車中でこの原稿の推敲を続けている。幼少時に鉄道ファンだったこともあり、出張や帰省で道内を列車移動する時には必ずワクワク感があった。それが今回、ちょっとした列車の揺れに反応してしまう。私が過敏すぎるのだろうか。

 この八ヵ月弱の間、JR北海道担当記者だった十数年前のことを何度も思い返した。当時書いた記事と言えば、列車の鋼で制作されたゴルフパターが静かな人気を呼んでいるという話題ものや、バーベキュー列車が好調だというPR記事で、トラブルなどとは無縁だった。ただ、あの時には現在の危機的状況につながる萌芽があったはず。それを見つけることはできなかったか──。自身の力不足を痛感しながら、そんな自問自答を続けている。

 十一月一日には、特急列車の減速・減便ダイヤの運用が始まっている。車両の負担軽減と点検時間の確保などを狙ったJR北海道発足以来初の大方針転換だが、これだけで全ての問題が解決できるわけはない。

 今後は国交省から業務改善命令が出される見通し。経営陣の刷新やJR他社との経営統合、さらには北海道新幹線建設への影響もささやかれており、問題は長期化の様相を見せている。JR北海道は変わることができるのか。その行方を地元紙記者として、また一人の道民として注視していきたい。
(了)

〔『中央公論』2013年12月号より〕

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