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作曲家の立場から見た佐村河内守「代作騒動」

交響曲第一番「HIROSHIMA」の「指示書」を私はこう読んだ
千住明(作曲家)

 「作曲家佐村河内守さんの曲は、自分が書いていた」と告白した、新垣隆さんの記者会見(二月六日)をテレビで見て、大変驚きました。そして、こんな形の発表になってしまったことを残念に思いました。

 作品を聞いた限りでは、二人はプロデューサーとその指示で曲を書く作曲家として、すごくいいコンビだったと思います。確かに、この関係は限界に来ていて、特に新垣さんは、大変心を痛めて憔悴していたことが伝わってきました。しかし、二人で話し合って、この関係をもっと違う形で発表することはできなかったのか、と僕は思ってしまったのです。

 音楽の共作自体は、エンターテインメントの世界ではよくあることなのです。たとえば、ゲーム音楽の世界がそうです。ゲーム音楽は数が膨大で、五〇曲とか一〇〇曲ぐらいありますが、だいたいコンピュータでの打ち込みで作られています。こういった打ち込みの音楽は素人でも作ることができる。この細かい音楽をまとめて一つの交響詩のようにすることがあり、そこだけプロに頼むケースはよくあります。

 実は、僕も若いころに、他の人が作ったゲーム音楽のオーケストラ化の仕事をしたことがあります。そのときの僕のクレジットは「編曲」。作曲者はあくまでモチーフを作った人になるのです。

 つまり、鼻歌でメロディーを作るだけの人もいるし、僕らのように「職人」として修業を積んだ結果、音符の一つひとつから始めて、オーケストラの譜面まで書ける者もいる。「作曲家」と一言で言っても、このように多様化してきています。

 そして、メロディーメーカーと、それをオーケストラ化した人が別だった場合は、あくまで、「作曲」はメロディーラインを書いた人のものになり、オーケストラ化をした人は、編曲家、アレンジャー、オーケストレイターなどと呼ばれるのです。

 こういう分業は昔からあって、たとえば、ジョージ・ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」や、ムソルグスキーの「展覧会の絵」の管弦楽版がそうです。

 僕たちのような作曲家は、修業で、バッハ、モーツァルト、ベートーベン......と、その時代時代のスタイルを勉強してきています。そうしなければ、先に進めないのが音楽の勉強です。これは職人の世界ですから。九九%が伝承、残りの一%で何をやるか、という世界。決して感覚やひらめきでできるものではありません。

 佐村河内さんの代表作である交響曲第一番「HIROSHIMA」には、そうやって勉強を続けてきた、「職人」の響きがありました。当初、この曲を佐村河内守という人が作ったと聞いて、僕は独学でよくここまでやったと感心したものです。それが、今回、この曲が、実は(きちんと作曲の勉強をした)新垣さんと佐村河内さんの共同作業だと知って、ああやっぱりそうだったか、と思いました。

 僕らは、よく「譜面」がいいという言い方をします。「HIROSHIMA」のスコアをテレビか何かで見たとき、「ああ、これはいい譜面だな」と思いました。非常に密度の濃い音楽だな、と。スコアを見ただけである程度のところはわかります。「HIROSHIMA」は、非常に書き馴れているいいスコアでした。

 もう一つ、佐村河内さんの作品は実にさまざまなスタイルで書かれているという特徴があります。それで僕は、佐村河内守は実は三人か四人いるんじゃないかとも思っていました。何人かで工房のようにやっているのではないかと。

「HIROSHIMA」を作るにあたって佐村河内さんが新垣さんに渡した「指示書」(上)が今回公開されましたが、これを見たときに僕は、「なるほど、こういうプロデューサーがいたのか」と納得しました。そして、ここまで細かく指示されたのだとすれば、この曲は佐村河内さんの存在なしにはできなかった曲だと思います。

 この設計図は、非常に的確に、七四分の間に、料理で言えば、どういうレシピでどういうメニューを出すか、どういう味付けにするかが書いてあるんです。指示を出した人は、料理をするわけではないけれど、コンセプトデザイナーというか、プロデューサー。構成を作り上げているのです。

 音楽は沈黙を切り取る時間芸術だという言い方をする人もいます。この指示書のグラフの部分は、それぞれのパーツがどういう性格で、どれくらいの長さで、ここはどういう時代のだれだれ(バッハ、モーツァルト......現代音楽のペンデレツキなど)のような音楽で構成して......ということを表しているのです。

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