コロナ後の「脱ミニ東京・持続可能性都市」戦略

増田寛也(東京大学公共政策大学院客員教授)×宇野重規(東京大学社会科学研究所教授)

新しい働き方のための政策提言

 働き方改革については、三つの施策が重要である。第一は、地域や企業規模を超えた副業・兼業の促進である。

 政府の「働き方改革実行計画(平成二十九年三月二十八日働き方改革実現会議決定)」において、同一労働同一賃金、長時間労働の是正等とともに、柔軟な働き方を実現しやすい環境整備の一つとして、副業・兼業の促進が示された。これは、「新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、第2の人生の準備として有効」とされており、スキルアップを図りたい人たちや自立しようとする人たちの一助になるものと考えられている。

 厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」によれば、自分がやりたいことに挑戦できること、スキルアップ、所得の増加等を理由に「副業・兼業を希望する者は年々増加傾向にある」。現在の主となる勤務先で副業・兼業が認められている正社員を対象に実施した民間の調査によれば、約三割が副業・兼業をしたことがあり、経験がない人の六割強が関心を持っているという結果もある。副業・兼業は着実に社会に受け入れられつつあり、首都圏の大企業で働くホワイトカラーにも、地方で働くことに興味を持っている人は多い。副業・兼業という形であれば、首都圏に拠点を残しながら、地方で働くことが可能になる。副業・兼業の促進は、東京と地方との間に人材の対流を起こす有効な手段となり得る。

 労働者の過重労働、健康問題への対応の確保は当然前提であるが、勤めてきた企業以外で働くことで、スキルアップやネットワーク形成を図れるだけでなく、自分の市場価値を把握できる。具体的なセカンドライフを描きやすくなる。地域や企業規模を超えた副業・兼業は、地域の視点のみならず、働く人、そして企業にもメリットのある働き方である。

 地方でとりわけニーズが高いのは経営人材である。地域の戦略策定・実行を担う人材や民間企業の経営を補佐する人材、さらには経営の後継者が圧倒的に不足している。こうした人材の供給源として、特に首都圏の大企業で働くホワイトカラーに期待が集まっている。デジタルや経理など特定のスキルを持った専門家へのニーズも高い。こうした人材の橋渡し役として、地方の金融機関が果たす役割も大きい。

 第二は、ダイバーシティ、すなわち多様性の促進である。経済のサービス化が進み、生産者から消費者への一方通行の価値提案ではなく、生産者と消費者が価値を共創する時代となった。今日、企業の成長や社会の発展の原動力となっているのは、性別・セクシュアリティ・年齢・人種・国籍等の違いにとらわれず、多様な人材が各々の感性や価値観を活かし、意見をぶつけ合うことで生まれる斬新なアイデアである。

 特に日本では女性活躍の遅れが指摘されている。二〇一九年十二月、世界経済フォーラム(WEF)が発表した「ジェンダー・ギャップ指数」で、調査対象一五三ヵ国のうち、日本は一二一位と前年(一一〇位)から順位を落とし、過去最低となった。中国(一〇六位)や韓国(一〇八位)などアジア主要国と比べても低い。特に遅れているのは政治分野である。列国議会同盟(IPU)の本年三月発表によれば、衆議院議員に占める女性議員の割合は九・九%(世界の下院議員の平均二五・五%)と世界一九一ヵ国中一六六位であり、G7など先進国では最も低い。女性知事も少なく、国家公務員も本省の課長・室長相当になると極端に割合が低くなる。こうしたことが根本のところで女性活躍推進が十分に進まない要因になっている。

 優先すべき取り組みは、中央・地方の女性政治リーダーを増やすことである。「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」(二〇一八年施行)により、男女の候補者数をできる限り「均等」にするよう政党に努力を求めているが、一層の促進が必要である。大企業の女性活躍が、女性活躍推進法の制定によって進んだことを踏まえると、期間限定でのクオータ制度の導入を真剣に考える時期にきている。例えば、一〇年間に限り、政党に対し選挙の際、女性候補者比率を四〇%にするよう求め、これを上回った場合、政党交付金を増額するなどの措置を検討すべきである。

 地方の意識改革も必要である。働く女性の比率が高くなった地域でも、リーダーとなっている女性は少ない。性別役割分担意識が都会よりも強く、「女性だから」という理由で、要職に就く機会が与えられないことも多い。高学歴化した女性に相応しい仕事がないことが、女性の東京圏への流入を加速する要因にもなっている。こうした状況を改善するために、地方の政治においても期間限定でクオータ制度を導入し、トップダウンで意識改革を図ることが必要である。

 第三は、個人を支えるセーフティネットの再構築である。コロナ禍によりフリーランスという働き方のリスクが改めて浮き彫りになった。雇用労働者には、雇用保険を財源とする雇用調整助成金があり、休業時の所得補償がされるのに対し、フリーランスには適当な財源がないため、所得補償の条件も内容も厳しいものになった。民間の保険会社が所得補償保険や就業不能保険を販売しているが、いずれも病気やケガによる場合に限られている。

 現在、日本では一〇三四万人がフリーランスとして働いていると言われており、経済規模は一七兆円と試算されている。こうした働き方を国民の選択肢の一つとして持続可能なものにしていくためには、今回のコロナへの一時的な対策にとどまらず、災害や経済など様々な外的要因によるリスクを踏まえたセーフティネットのしくみを検討する必要がある。

 教育支援もその一つである。現在、日本には働く人の能力開発やキャリア形成を支援するための教育訓練給付制度があるが、雇用保険を財源としており、対象が雇用保険の被保険者もしくは元被保険者に限られている。保険制度を使っている以上やむを得ないが、個人の多様な生き方を支えるためにはフリーランスへも対象を広げていく必要がある。

 マイナンバーを活用し、事業所を単位とする「雇用保険」から、個人を単位とする「就労就業保険」(仮称)への制度変更を検討すべきであろう。保険料は、雇用関係の有無にかかわらず、個人と(その個人に仕事を依頼した)事業者の折半にするなどの時代に合わせた共助のしくみを再構築することが必要である。

 またコロナ禍の中で多くの外国人が窮地に押しやられている。法務省は、緊急措置として、仕事を失った技能実習生に別の在留資格を一年間付与し、転職も認めたが、外国人が日本で適切に日常生活を送れるよう、支援を強化すべきであろう。二〇一九年四月、改正出入国管理法が施行され、在留資格「特定技能」が創設された。現場監督など熟練した技能を要求される仕事に就く外国人には、在留資格が半年もしくは一年、三年ごとに更新ができ、更新時の審査を通過すれば家族帯同も認められることになったが、特定技能二号(建設業および造船舶用工業)に限られており、十分とは言えない。こうした制度を継続的に見直し、外国人が日本で安心して活躍していけるよう、あらゆる局面での対策に本腰を入れていくべきである。

 今後、DXが加速することにより、人に求められる能力やスキルが大きく変わっていく。既にAIが人間の労働を代替していくことが指摘されているように、職のあり方も急速に変化していく。こうした社会の変化は、その波に乗れた人と乗れなかった人の格差を拡大する可能性がある。一人ひとりの努力の相違による適度な格差は競争を促進するが、努力では埋めることができない過度な格差は社会の不安定化を助長する。能力やスキルの開発を自己責任として突き放すのではなく、企業・労働組合・行政が環境の整備や支援、投資を行っていくことが必要である。

(以下略)

 

(『中央公論』2021年5月号より抜粋)

増田寛也(東京大学公共政策大学院客員教授)×宇野重規(東京大学社会科学研究所教授)
◆増田寛也〔ますだひろや〕
1951年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、建設省入省。岩手県知事、総務大臣等を歴任。現在、日本郵政取締役兼代表執行役社長。

◆宇野重規〔うのしげき〕
1967年東京都生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は政治思想史、政治哲学。
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