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排除・孤立層が抱く親への感謝 石田光規

石田光規(早稲田大学文学学術院教授)
 排除層(アンダークラス=非正規または無職、女性は無配偶)でかつ、孤立層(親しく、頼りにする友人・知人が0人または1人)に当てはまる人は、親への尊敬や、周りに迷惑をかけてはならないと思う割合が、他の層に比べて高い。そんな結果が実証された。孤独・孤立問題の難しさに迫る。(『中央公論』2021年7月号より抜粋)

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(前略)

 図4を見てほしい。この図は、各層の社会意識を示している。

 このうち一番左の「努力すれば誰でも豊かになれる」という質問への回答は、それほど意外ではないだろう。排除・孤立層ほど、努力に対する信奉が薄く、非排除・非孤立層ほど努力に対する信奉が強い。幼少期から不遇な目に遭い、その後、学齢期、キャリア初期と苦境に立たされてきた排除・孤立層に、「努力を信じよ」と言っても無理なものだ。

 意外なのは、残り二つの結果である。図4の真ん中の「両親に尊敬や感謝を感じない人間は最低だ」という質問に、「そう思う」と答えた人の比率は、ぱっと見では差が少なく、あまり目を引かないかもしれない。排除・孤立層で「そう思う」と答えた人が一番多いものの(三八・七%)、その差は他のグループと五ポイント程度である。

 しかし、思い出してほしい。家族の状況の分析で指摘したように、排除・孤立層の多くは、家庭環境に恵まれず、親からあまり面倒を見てもらえなかった人たちなのである。

 家庭環境に恵まれず、親にあまり面倒を見てもらえなかったならば、両親への尊敬や感謝は、それほど感じないと推察される。にもかかわらず、排除・孤立層は、他のグループと同じ、もしくはそれ以上に、両親に尊敬や感謝の念を抱くべきと考えている。自らの苦境を省みず、両親に尊敬や感謝を訴える姿勢は、孤独・孤立問題の難しさを反映している。

 自らの苦境を訴えない姿勢は、「いくら正しくても人に迷惑をかけるようなことをしてはいけない」という質問への回答に、より鮮明に現れている。排除・孤立層は、「いくら正しくても人に迷惑をかけるようなことをしてはいけない」という意見に対して、じつに七割弱の人が「そう思う」と答えている。この数値は、他のグループに比べると、一〇ポイント近く高い。つまり、排除・孤立層は、「人に迷惑をかけてはいけない」と人一倍強く思っているのである。

 もう一つ意外な点をあげると、排除・孤立層は、他の層に比べ、現在の住まいに住んでいる期間が長い。排除・孤立層の半数は、今の住まいに二〇年以上住んでいる。一方、非排除層で、今の住まいに二〇年以上住んでいる人は二割弱にとどまる。排除・非孤立層でも、今の住まいに二〇年以上住んでいる人は、四割弱にとどまっているので、排除・孤立層の長期居住が際立っている。

 これは、関係形成から考えると意外な結果だ。通常、同じ地域に住み続けると、地域のつながりは豊富になる。しかしながら、排除・孤立層は、長期居住が関係形成に結びついていない。都市部に住む排除・孤立層は、自らの苦境を他者に訴えるわけでもなく、ただ、迷惑をかけまいと、都市の底部にひっそりと沈んで暮らしているのである。

 ここまでの結果を簡単にまとめよう。排除・孤立層は、幼少の頃から継続的に恵まれない状況にあり、幸福感も低く、将来に強い不安を抱いている。度重なる苦境は、彼・彼女らから努力する気力を奪ってゆく。

 しかし、このような状況にあってもなお、排除・孤立層は、怨嗟の声を上げようとしない。むしろ、排除・孤立層の少なからぬ人が、「両親に尊敬や感謝の念を抱くべきだ」と考え、また、「人に迷惑をかけることをしてはいけない」と強く感じている。だからこそ、排除・孤立層は、人の輪から緩やかに撤退してゆく。

 声を発しない排除・孤立層は、長年住み続けた地域で、誰に発見されることもなく、ひっそりと息づいているのである。このような存在を、私たちはけっして忘れてはなるまい。

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