排除・孤立層が抱く親への感謝 石田光規

石田光規(早稲田大学文学学術院教授)

迷惑をかけることをおりこんだ社会

 私たちは近代化の過程で、人間関係の中で処理していたものごとを、市場が提供する商品やサービス、および社会保障に委ねるようになった。人間関係を経由せずに、一人で生活してゆけるシステムは、これまで人と人を半強制的に結びつけてきた社会的拘束を縮小させる。その結果、人間関係の維持・構築は自己決定・自己選択の範疇に入れられ、生活の維持手段は関係性の中ではなく、資本主義システムの中での努力により調達されるものとなる。

 そのような状況下での関係性への依存は、個々人の努力の放棄や怠慢を意味し、「甘え」や「他者への迷惑」といったレッテルを貼られる。かくして人びとは、「迷惑をかけたくない」という消極的理由により、人間関係からの自主的撤退を強いられるようになる。

 自助を強調する格差社会は、より厳しい状況に追いやられている人ほど、支援を求める声を上げにくい仕組みを内包している。昨今の新型コロナウイルス騒動により、人びとからゆとりが失われ、迷惑をかけた人を糾弾する風潮は、よりいっそう強まっている。

 排除・孤立層を「社会に見放された存在」としないためには、彼・彼女らを潜在化させない社会の仕組みが求められる。本稿でそれを論じる紙幅はないが、さしあたって、迷惑をかけた人の責任を問い詰めるだけではなく、個々人が迷惑をかけることをおりこんだ社会への転換を求めたい。他者に迷惑をかけずに生きられる人など、おおよそ、存在しないのだから。

(『中央公論』2021年7月号より抜粋)

[参考文献]
橋本健二(二〇一八)『新・日本の階級社会』講談社現代新書

中央公論 2021年7月号
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石田光規(早稲田大学文学学術院教授)
〔いしだみつのり〕1973年神奈川県生まれ。立教大学社会学部卒業。東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。博士(社会学)。『孤立不安社会─つながりの格差、承認の追求、ぼっちの恐怖』『友人の社会史─1980-2010年代私たちにとって「親友」とはどのような存在だったのか』など著書多数。
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