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高野之夫豊島区長「最初にかけられた言葉は『区長に就任されてお気の毒です』だった」

豊島区は消滅可能性都市をどう脱却したか(前編)
高野之夫(豊島区長)

なぜ短期間に待機児童ゼロを達成できたのか

◆待機児童ゼロは、都市部の自治体ならどこも達成を目指していましたが、なかなかうまく進んでいません。豊島区はどうして短期間にそれができたのでしょうか。

保育所には園庭があった方が望ましいことは確かですが、たとえばゼロ歳児では園庭の有無よりも、保育所の受け入れと、信頼できる保育がなされているかどうかの方が、より切実な問題になります。そのバランスを合理的に考えて、まず保育所を作ることを優先しました。

◆待機児童に着目されたということは、つまり共働きの奨励ですね。

日本では、妻の年収が103万円を超えると所得税が発生し、130万円を超えると、夫の社会保険上の扶養から外れるといった制度があります。ひと昔前までは、もっと働きたいのに、それを「壁」と感じて働く意欲を抑える女性の例が多かった。

でも、今の若い世代の考え方は違っています。妻も夫も、自分の仕事を持って稼ぎ、互いに自立する志向がありますし、その方が人生プランとしても安心です。「子育てと仕事を両立したい」と考える方が、安心して暮らせる環境を整えたかったんです。

◆郊外のニュータウンが高齢化する一方で、ミレニアル世代(80年代以降に生まれ、ゼロ年代以降に成人した人たち)を中心に、働き盛りの人たちが都心に住み、共働きをするライフスタイルは、東京ではすでに当たり前になってきていますね。

その流れをとらえ、行政としてサポートすることが大事だと考えました。その観点で言うと、「保育所に必ず入れるようにしてほしい」という切実な声とともに、「子どもがのびのびと遊べる場を増やしてほしい」という要望も大きかったです。

それまで公園の「数」は多かったのですが、いずれも狭小な施設で、のびのびとした雰囲気はなかった。このような声に地道に応えていくことが大切だと思いました。

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