ルポ 日本見限るベトナム人技能実習生――日韓台の外国人労働者争奪戦が始まる

澤田晃宏(ジャーナリスト )
送り出し機関の教育施設で学ぶ入国前の技能実習生
=ハノイ市、2024年 (撮影・筆者)
(『中央公論』2025年7月号より抜粋)

コロナ禍をまたぎ状況が一変

 まるで商売にならない。

 ベトナムの首都・ハノイの「送り出し機関」幹部が現状を嘆いた。

 送り出し機関とは、海外労働者向け人材派遣会社のことだ。日本に向けたそれは、主に現場作業に従事する「技能実習生」(以下、実習生と表記)の送り出しになる。

 コロナ禍による出入国制限以前は、募集に困ることはなかった。面接の1週間前には履歴書が届き、候補者と顔を合わせた。企業の採用予定人数の3倍を目処に候補者を集め、中卒者やタトゥーの入った者をNGとする送り出し機関も多かった。

 候補者の募集は、ブローカーに頼るケースが大半だ。送り出し機関のオフィスはハノイなどの都市部に集中するが、実際に実習生を目指す若者たちは地方農村部にいる。

 募集ブローカーは専業で行う者のほか、学校などの関係者や村の有力者、元実習生などが副業でしている。信頼できる人を介した情報が強く、有料広告などでは人が集まらない。

 面接に参加した候補者が採用されれば、送り出し機関は成功報酬として一人当たり1000〜1500ドルを募集ブローカーに支払った。


 だが、コロナ禍による出入国制限をまたぎ、状況が一変する。

「円安の進行とともに日本人気が下がり、面接参加者が集まらない。昨年頃から送り出し機関と募集ブローカーの立場が逆転し、募集コストが経営を圧迫している」

 複数の送り出し機関関係者がそう口を揃える。ある幹部の詳述。

「今では採用の結果にかかわらず、候補者を集めるだけで一人当たり約1000ドルを募集ブローカーに支払っている。それも、履歴書が届くのが面接の前日だったり、面接直前に候補者が入れ替わったりする」

 採用されれば、募集ブローカーには追加で成功報酬を支払う。

「地方の労働局とパイプがある国営の大手送り出し機関などをのぞけば、日本への実習生の送り出し事業はもう難しいのではないか」(同前)

 面接を組むだけで膨大なコストがかかるため、企業の採用予定人数だけ候補者を集め、残りは300ドル程度で面接に参加するアルバイトを雇い、体裁を整える--そんな送り出し機関もあるという。

 外国人労働者最大の供給国であるベトナムで「日本離れ」が起きている。労働者と言っても、その実態は単純労働作業に就く実習生だ。

 実習生の受け入れは、開発途上国への技能、技術と知識の移転を目的とする国際貢献を建前とするが、その実態が人手不足対策であることは業界関係者の間では論を俟(ま)たない。

 ベトナム人実習生は新型コロナによる出入国制限がかかる2020年まで増え続け、16年末には中国を逆転し、実習生最大の送り出し国になった。12年末には1万6715人だったベトナム人実習生は、19年末には実習生全体の53%を占める21万8727人にまで増加した。

 ベトナムは現状も実習生最大の送り出し国だが、その新規入国者数は19年の9万1170人から23年は7万7634人と陰りが見える。

 病院や介護施設を運営する志村フロイデグループ(茨城県常陸大宮市)人事部長の江幡和子さんは17年、初めてベトナムを訪れた。同年11月に技能実習制度の対象職種に介護が追加されることを踏まえ、実習生の採用を決断。海を渡った。

 基本給は15万5000円(当時)。採用予定4人に対し、28人の応募があった。江幡さんが述懐する。

「これだけ日本で働きたい若者がいることに素直に驚きました」

 予定を上回る7人の採用を決め、19年に受け入れた。コロナ禍の出入国制限が緩和されると、23年に追加の採用に動いた。初めて実習生を採用したベトナムの同じ送り出し機関に依頼したが、こう突き返された。

「円が安く、同じ待遇条件では、もう人は集まりません」

 志村フロイデグループは、外国人労働者の受け入れにあたり、常勤の日本語教師を採用。日本語教育はもちろん、地域のお祭りやイベントボランティアなどを通じた地域住民との交流を企画したり、年に一度は国内旅行に出かけたりしている。江幡さんは「今でも帰国した実習生から写真が届くなど、働く環境には満足していたと思います」と話す一方、「受け入れ体制整備に力を入れても、あくまで母国への送金を目的とする実習生を惹きつけるには経済的な魅力がなければ限界があります」。

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