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住本麻子 雨宮まみと「女子」をめぐって

住本麻子(ライター)
写真提供:photo AC
 2016年に世を去ったライターの雨宮まみ。彼女の著作を今、読み返すと何が見えてくるのか。ライターの住本麻子さんが論じます。
(『中央公論』2022年8月号より抜粋)

バックラッシュの後で

 フェミニズムの潮流は第一波、第二波と数えられる。それは歴史上フェミニズムが何度も盛り上がりをみせたことを示すと同時に、退潮した時期もあったということだ。フェミニズムが波のように押し寄せては引いていくのだとしたら、現在のこの波はどこから来たのだろうか。

 現在のフェミニズムの潮流は、第四波フェミニズムと呼ばれている。北村紗衣(さえ)「波を読む――第四波フェミニズムと大衆文化」(『現代思想』2020年3月臨時増刊号「フェミニズムの現在」)によれば、第一波は19世紀から20世紀にかけて起こった女性参政権を求める世界各地での動きを、第二波は1960~80年代に起こったウーマン・リブと呼ばれる運動を中心に、そして第三波は1990~2000年代の文化運動寄りのフェミニズムの流行を示している。

 そして第四波は、2010年以降にはじまり、いまも続いている#MeToo運動などを中心としたフェミニズム運動や思想的流れの呼称として定着しつつある。

 第四波を第三波が徐々に変化したものととらえる向きもある。ただ、日本において第三波と第四波を区別しなければいけないとすれば、それは2000年代半ばにバックラッシュ(反動)による断絶があったからだろう。山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い――フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(勁草書房、2012年)によれば、1999年に施行された男女共同参画社会基本法にともなって自治体で推進条例が制定される際、全国各地で保守派による反対運動が展開された。そうした動きにより、2002年から05年にかけて、フェミニズム批判はピークを迎える。田中東子(とうこ)は菊地夏野、河野真太郎との鼎談「分断と対峙し、連帯を模索する――日本のフェミニズムとネオリベラリズム」(前掲『現代思想』)のなかで、2000年代は出版業界でもフェミニズムの企画がなかなか通らない、マスメディアも報道しないという状況だったと発言している。

 田中はまた、同誌掲載の論考「感じのいいフェミニズム?――ポピュラーなものをめぐる、わたしたちの両義性」で次のように論じる。「ここ数年、非常に多く出版されるようになった「女子のホンネ」的な語り口によるエッセイやコミックエッセイ、そしてSNSやブログによるオンライン上の言説空間においてフェミニズムをポピュラーなものにしようとする文化表現は意欲的に展開されている。ポピュラー文化領域での密やかなフェミニズムはバックラッシュ期をサバイブするひとつの迂回路であったとも考えられる」。2000年代の空白期間を経て、フェミニズムの蓄積が若い世代に継承されにくくなった2010年代の日本において、女性たちを励ましたのは、女性向けのエッセイや漫画だったのだ。

 その頃はリーマン・ショックにより国内でも経済状況が悪化した時期である。バックラッシュと不況により、理論的にも経済的にも「貧しい」状況のなかで、「フェミニズム」の名を冠したアカデミックな理論書に代わって、エッセイや漫画という手に取りやすいジャンルが果たした役割は大きい。


 そもそもエッセイというジャンルは、歴史的にみてもフェミニズムとの親和性が高い。エッセイは階級を超えて広く読まれうるジャンルだからである。ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』(1929年)やボーヴォワールの『第二の性』(1949年)などのフェミニズムにおける歴史的名著も、ある種のエッセイとして書かれた。そのエッセイというジャンルで、2010年代に先陣を切ったのが、雨宮(あまみや)まみである。

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