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住本麻子 雨宮まみと「女子」をめぐって

住本麻子(ライター)

雨宮まみと「セックスをこじらせて」

 雨宮まみは1976年生まれ、福岡県出身のライターだ。出版社勤務を経て、AVのレビューやAV女優のインタビューなどを中心に活動するAVライターとなる。それまでの半生を自伝的に綴った『女子をこじらせて』(ポット出版、2011年)で書籍デビュー。反響を呼び、「こじらせ女子」というワードが新語・流行語大賞にノミネートされるほどとなった。その後も峰なゆかや能町みね子らとの対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版、2012年)や、『女の子よ銃を取れ』(平凡社、2014年)など、「女子」の自意識をめぐる文章を発表し続けた。その他、地方出身者の東京への思いを綴った『東京を生きる』(大和書房、2015年)や、悩み相談では容易に解消できない読者の「愚痴」に対して寄り添い答える『まじめに生きるって損ですか?』(ポット出版、2016年)などの著作もある。2016年11月、40歳で急逝した。

『女子をこじらせて』は確かに「女子」の自意識をめぐる話だが、性をテーマとした話でもあることが重要だ。そもそもウェブ連載当時のタイトルは「セックスをこじらせて」であった。幼少期のオナニーにまでさかのぼり、大学受験のために上京し宿泊したホテルで観たAVに衝撃を受けたのち、エロ本出版社勤務を経てライターとなるまでが綴られている。彼女のセックスに対する思いはストレートではなく、複雑だ。モテとは無縁だった大学時代を雨宮は次のように振り返る。

「一日8回オナニーしては、虚しさに泣きました。自分はこのまま誰にも触れられずに死んでいくんだと思うと、悲しかった。けど勇気を出すことなんてできなかった。自分には恋愛とか、そういうことは許されていない、そういうことを話題にすることすら気持ち悪い人間なんだと思っていました。そんなに性欲が強かったのに、セックスするなんて考えられなかった」。恋愛をし、セックスをするようになっても、このコンプレックスの入り交じったセックスへの欲望は変わらないどころか、さらに複雑さを増していく。雨宮はAVライターとなってから、AV監督とばかり付き合うようになる。その理由は、AV女優を数多く見てきたAV監督に選ばれたい、という思いからだった。雨宮にとってAV女優とは、多くの男性たちの欲望の対象となる、あこがれの存在なのである。そこには「AVのことなんか女にはわからない」と揶揄された悔しさを、AV監督と付き合うことで払拭したいという気持ちもあったと雨宮自身分析している。

「女にはわからない」――そう決めつけられたかと思えば、実力を認められはじめると今度は「女の視点が面白い」と言われ、果ては「美人ライター」として持ち上げられる。「女」を都合よく使いわけられる状況に雨宮は疲弊していった。しかし、自身のブログが女性読者の共感を得ていたことを知り、「女」が単なる苦しみの元であるだけではなく、共感や連帯にもつながるという実感を得、「女」である苦しさから少しずつ解放されていく。このように雨宮まみのセックス――性交渉であり、性別でもある――に対する思いは何重にも複雑に「こじれ」ていた。それなのに、連載時には「セックスをこじらせて」だったタイトルが書籍化にあたり「女子をこじらせて」になったことの意味は存外大きい。もちろん、「女子をこじらせて」という言葉は章タイトルにもなっており、的外れなタイトルではない。むしろ「セックス」が「女子」へと変更されたことで、想定読者が女性に絞られ、さらにその読者にとって受け入れやすいかたちになっただろう。しかし「セックス」という言葉が持っていた生々しさは脱色される。さらにこの「女子をこじらせて」という言葉が「こじらせ女子」という流行語となり、流通する過程で、「セックスをこじらせて」という言葉が意味していたもの、問うていたものはこぼれ落ちていく。

(続きは『中央公論』2022年8月号で)

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住本麻子(ライター)
〔すみもとあさこ〕
1989年福岡県生まれ。『群像』『ユリイカ』や同人誌『G-W-G』などに批評を寄稿。
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