石原 俊 大学ファンドと国際卓越研究大学がもたらすもの――戦後大学史上、第4の衝撃

石原俊(明治学院大学教授)

問題だらけの卓越大制度、ギャンブルとしての大学ファンド

 筆者は今回の卓越大制度について、問題点が多数かつ深刻であり、前述した戦後の3度の変革と比べても、最も悪手の変革になりうるとみています。

 第1の問題点は、大学ファンドの助成を受ける卓越大の認定には、時の政権の意向が強く反映される一方、学術専門家の意見が従来になく軽視されることです。卓越大の最終的な認定権者は文科大臣ですが、首相が議長を務める内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の意見をふまえて選定することになっています。CSTIの議員は14名ですが、うち6名が閣僚で占められ、7名の有識者は首相による任名です。

 これまで研究・教育にかかわる競争的資金は、日本学術振興会(JSPS)のデータベースに登録されている約14万人の研究者から同分野・近接分野の専門家が選ばれて、ピアレビュー方式で採否が決められてきました。大学ファンドからの助成はこうした競争的資金と異なり、研究・教育に使途が限定されないという差違はあるものの、卓越大の認定が国家主義的であることは明白です。

 第2の問題点は、大学単位で認定される卓越大制度が、分野単位や学会単位で動いている学術研究の論理を無視していることです。従来の大部分の競争的資金は大学単位ではなく、研究者のグループ単位で選定されてきました。多様な分野を抱える大学ごとの単位で公正な総合評価を行うことなど、原理的に不可能です。

 第3の問題点は、旧帝国大学などの大規模大学または大学院大学など中小規模の研究大学を想定している卓越大制度が、大学間格差や高等教育の地域間不平等を著しく拡大してしまうことです。すでに旧帝大と地方国立大の間には運営費交付金の配分で大きな格差があるのに、大学ファンドでさらに資金が偏ります。

 しかし、画期的なイノベーションは旧帝大や研究大学からのみ生まれるわけではありません。裾野の広がりがないまま「高い山」だけを作ろうとしても、学術研究の論理からみれば持続可能性がありません。

 また前述のように、地方国立大学では従来存在した専門分野が次々と削減される事態が進んでいますが、大学ファンドは高等教育機関の「選択と集中」をさらに進めます。卓越大制度は、将来の受験生や地域社会をも翻弄することになるのです。


(続きは『中央公論』2023年2月号で)

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石原俊(明治学院大学教授)
◆石原俊〔いしはらしゅん〕
1974年京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科(社会学専修)博士後期課程修了。博士(文学)。千葉大学助教などを経て現職。専門は歴史社会学。著書に『近代日本と小笠原諸島』『〈群島〉の歴史社会学』『群島と大学』『硫黄島』『シリーズ戦争と社会』(全5巻、共編著)など。
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