新連載 大学と権力──日本大学暗黒史

森功(ノンフィクション作家)
写真提供:photo AC
2021年、田中英壽理事長(当時)が率いる日本大学を舞台に起こった一連の事件には、日本の私立大学が長らく抱えてきた共通の病が潜んでいる。今から遡ること55年前、学園闘争の嵐が吹き荒れる日大では、大学執行部が運動部の学生を動員し、ゲバ棒をふるう左翼学生に立ち向かわせた。応援団、空手部、柔道部……。そして伝統ある相撲部の田中英壽もそこに駆り出された一人だった。高度成長期、日大の拡大路線を牽引した古田重二良の時代に事件の源流を探る。

大学当局の後ろ盾「日本会」

〈日本会は、政財界の大物を世話人とする右翼暴力団で、スト突入後、数度全共闘、各闘委が脅迫されている。

 日本会の実態は、その世話人を見れば明らかである〉

巻末の資料にそう記された分厚い記録集がある。題して『新版 叛逆のバリケード』(三一書房刊)。原本は日本全国の大学で紛争が燃え盛る渦中の19681020日、日本大学全学共闘会議(日大全共闘)書記長に就任した文理学部の田村正敏が提案し、自費出版された『叛逆のバリケード』である。

言うまでもなく全共闘は60年代後半、各地の大学に結成され、それぞれが独自色を打ち出して学生運動を展開した。なかでも東京大学の東大全共闘と日本大学の日大全共闘による学生と大学側の熾烈な闘争には警視庁が手を焼き、ある種のブームを巻き起こした。

日大全共闘が残した『叛逆のバリケード』は本の題名通り、文理学部を中心に校舎をバリケードで封鎖して大学執行部と対峙した日大新左翼学生たちの残したドキュメントである。それが2008年9月30日に新版として改訂された。

そこに記された日本会は、日大が呼びかけ196212月に社団法人の認可を受け、設立された。知る人ぞ知る組織だ。社団法人から内閣府の認定する公益社団法人に改組され、今も存在する。ホームページを覗くと、理事長の向野誠がこう挨拶文を寄せている。

〈社団法人日本会が設立されてから現在まで、営々と流れる「総調和」の精神は、混沌とした世界情勢の中でますますその重要性が増しております。民族・宗教の対立、政治思想の対立、そして地球規模の気候変化、人口の増加と貧困問題......、「世界調和と人類繁栄」の構築という私共の掲げる「総調和」の精神は、古くて新しい、私たち人間の「生きる」というテーマの追及でもあります〉

総調和は日本大学建学の精神に通じる考えだと訴えてきた。世界平和を唱え、今では1993年に制度化された外国人技能実習生の受け入れをおこなっているが、設立当初は社会運動体であった。わけても日大全共闘の新左翼学生たちは、日本会を大学執行部の後ろ盾となってきた保守右翼組織だととらえ、目の敵にしてきた。それゆえ、「右翼暴力団」と過激な表現をしているのであろう。暴力団とは言い過ぎであろうが、日本会には裏社会に通じる部分もあったようだ。少なくとも「右翼」はあながち的外れともいえない。

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