大澤真幸 陰謀論が増殖する原因は、人々の「不遇感」にある

大澤真幸(社会学者)
大澤真幸氏
(『中央公論』2023年12月号より抜粋)
目次
  1. 「アイロニカルな没入」の増殖
  2. 噓と知りつつ没入する
  3. 陰謀論の引き金は「不遇感」

「アイロニカルな没入」の増殖

 陰謀論的な流言・デマがいくつも現れては、現実を動かすような影響力を持つようになってきています。「悪魔崇拝者によるディープステイト(闇の政府)が世界を裏で支配している」と唱える「Qアノン」は、いまやアメリカだけでなく、ドイツやブラジル、日本でも勢力を拡大させ、社会問題化しています。

 私がこの種の陰謀論に最初に関心を持ったのは、1990年代半ば、オウム事件のときでした。オウム真理教が「影の世界政府」との戦争を宣言して、地下鉄サリン事件など凄惨な事件をいくつも起こしたのは、ご存じのとおりです。

 陰謀論や流言のほとんどはトンデモ話です。普通に考えれば決してあり得ない荒唐無稽な話なので、「そんな判断もつかない無知な人がいるのか」と思われるのが常でした。知識が足りなくてハマっている人になら、ファクトを伝え、偽知識を論理的に正せば納得してもらえます。でもオウム事件は違っていました。首謀者は「啓蒙が不可能な人たち」だったのです。関係者に会うと、みな高学歴で知的レベルが高く、論理的な話もできる。それなのに「地下鉄サリン事件はCIAのでっち上げた事件だ」などと言うのです。

 彼らはオタク気質で、自らをアニメーション作品『宇宙戦艦ヤマト』や『風の谷のナウシカ』の登場人物と重ね合わせていました。驚いたのは、私が「あれは作り話ですよ」と指摘すると、「そんなことわかっていますよ、大澤さん」と笑ったことです。事実ではないと知りながら、あえてそのファンタジーを生きている。こういう人たちが出てきたのか、と驚愕しました。

 通常、対象と知的に距離を取ることと、ハマっていることとは相反します。しかし彼らは、ファンタジーとある程度冷静に距離を取っているのに、完全に没入していた。私はこれを「アイロニカルな没入」と呼んでいます。シンプルで愚かな没入と、アイロニカルな没入の間に境界線はありません。連続線上に並んでいるから、どちらも抜け出すのが難しい。オウム真理教でも、無知ゆえに没入していた信者もいたでしょう。でも嘘と知り、目覚めているかに思える人でさえオウムの陰謀論から抜け出せず、「尊師が言うのだから」と、凶行に及んでしまった。

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