大澤真幸 陰謀論が増殖する原因は、人々の「不遇感」にある
大澤真幸(社会学者)
噓と知りつつ没入する
あれから四半世紀以上が経ち、アイロニカルな没入はより強烈になっています。近年の顕著な例が、アメリカのトランプ前大統領をめぐる陰謀論の一つ、「選挙は盗まれた」論です。中でもトランプの元側近で女性弁護士のシドニー・パウエルは、2020年大統領選での結果を覆そうとするトランプを助けようと、「集票機にトランプに不利になるような裏工作がされていた」という噂を大量に流していました。投票システム会社ドミニオンはパウエルを名誉毀損で訴えたのですが、法廷での彼女の反論に、私は仰天しました。「集票機が壊されていて数え間違えたなんて荒唐無稽な話を信じる人は、いませんよ」。
完全に矛盾した発言でした。自ら「これは事実ではない」と宣言しつつ、他方ではそれを事実として吹聴する。多くの人が決して信じないようなことを、そうと知りながら完全に信じているという二重のことが、彼女のなかで起きていたのです。人間の心とはなんと複雑なのだろう、と感じ入りました。
でも身近な例で考えてみれば、わからなくもないのです。例えば私たちは日常的に広告に接しています。広告には広告主の意図が反映されるため、誇張や歪曲があると誰もがわかっている。それでも広告には一定の効果があります。
また、日ごろ「人は死ねば腐って消えていくだけ」と考えている合理主義者でも、親を亡くせば「父が天国から自分を見ている」と思うこともあるでしょうし、「父が見守ってくれているから頑張らなくちゃ」と影響されることさえある。つまり、嘘だとわかっていても、嘘に準拠して行動することが、心に重要な意味を持つこともあるのです。