葉上太郎 JR只見線復活から1年――座れないほど混雑する理由

葉上太郎(地方自治ジャーナリスト)
只見線早戸駅。「景観整備」で木を切ったため、只見川や渡し舟がよく見える(筆者撮影)
 全国で赤字ローカル線の存続が話題になっているなか、奇跡の復活をとげたJR只見線。地方自治ジャーナリストの葉上太郎さんが、只見線を盛り上げている地元の人たちを取材した。
(『中央公論』2024年2月号より抜粋)
目次
  1. 一度は乗りたい秘境の絶景路線
  2. 巨額の工費負担に上下分離方式
  3. 山手線並みの混雑

一度は乗りたい秘境の絶景路線

 発車の1時間も前だというのに、ホームにはもう列ができていた。

 2023年10月28日土曜日、JR会津若松駅(福島県会津若松市)。午前10時に秋の臨時快速列車「只見線満喫号」が出発する予定になっていた。2時間半ほどかけて只見駅(同県只見町)へ向かう。

 一番乗りは約80㎞離れた福島市から車で訪れた60代の夫妻だった。

「『一度は乗りたい秘境の絶景路線』と言われているので、早く並ばないと座れないと思いました」と言う。少し話を聞いているうちに、列はどんどん長くなる。

 発車の18分前にドアが開くと、3両編成の列車(指定席2両、自由席1両)はすぐに満席になった。

 その後に乗って来た50代の夫妻は、「噂には聞いていたけど、これほど混んでいるとは」と目を丸くした。「紅葉が美しい路線なので楽しみにして来ました。会津若松─只見間を約6時間かけて往復します。でも、立ちっぱなしになるのかな。ここまで列車を1時間半も乗り継いで来たのに」と表情を曇らせる。

「座るのは諦めた」と、トランクをイス代わりにする人もいた。

 只見線は会津若松駅から小出駅(新潟県魚沼市)までの135・2㎞を結ぶ路線だ。「満喫号」はそのうち88・4㎞地点の只見で折り返す。

 沿線風景は変化に富んでいる。まずは米どころの会津盆地を走る。見渡す限りの田んぼが続き、少し山に入ったかと思うと、いきなり景色が変わる。鉄路は尾瀬沼に源流を発する只見川に沿って、山峡を縫うようにして奥へ奥へと進む。

 只見川には首都圏などに送電する水力発電用のダムが階段状に10基も建設されていて、満々と水をたたえている。列車はその静かな水面を見下ろしながら鉄橋を何度も渡る。

「秘境の絶景路線」は「奥会津」と呼ばれるこの辺りが見どころだ。春は山桜や新緑、夏は川霧、秋は紅葉、四季折々の景色が美しい。木々に「雪の花」が咲く冬期は2mを超える積雪となり、福島県側の最奥地・只見町と新潟県側を結ぶ「六十里越」の峠道は閉鎖される。この時期に県境を行き来できるのは、山岳地帯をトンネルで貫く只見線だけだ。

 そうした貴重な路線が存続の危機に瀕したのは11年のことだった。

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