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探検家の家族はつらいよ!? 対談:服部文祥×角幡唯介

サバイバルと家庭の間で、僕たちが考えていること
服部文祥(登山家・作家)× 角幡唯介(作家・探検家)

服部家・角幡家の教育方針

――著書を読むと、服部さんの家庭は、クーラーの設置を拒んだり、子どもの教育方針を提示したりと、服部さんがリードしているように見えます。角幡さんの家庭は奥さんが主導権を握って引っ越ししたり家を買ったりしているようです。

服部子どもに強要したことは、挨拶をきちんとする、左右対称の姿勢で座るだけですね。あと次男の玄次郎は喘息だったのでスイミングに通わせた、そのくらいかな。アンチクーラー思想の詳細は『サバイバル家族』を読んでもらうとして、コロナによる給付金を使って今年からいよいよ我が家も空調が使えるようになってしまった。僕はクーラーのあるオフィス(『岳人』編集者としても勤める)で過ごすこともできるので、クーラーなしで最近の異常な暑さに耐えている小雪と玄次郎はいろいろ不満があったようです。自分の理想を家族に押し付けているのかもしれないけど、いやなものはいやだしなあ。

角幡僕は登山や冒険などの活動と、家庭での生活は分けて考えていて、やはり冒険が自分の本領なので、家庭のことは基本的に妻に委ねています。日常なんて退屈だという、ある種のニヒリズムが外へ向かう原動力になっていたので、三十代までは住居なんて完全に関心がなかった。でも、四十歳を過ぎて少し変わって、生活のほうに力を入れたいという気持ちが出てきた。妻とはそのうち山奥に土地を買って、二人で小屋でも建てるかなんて話をしている。釣りや猟の前線基地です。
 その点で服部さんが掲げる「サバイバル登山」というテーマは面白くて、猟をしたり釣りをしたり、自分の力で食糧を賄いながら登山を続ける。「自力の思想」がベースにあるから服部さんの登山は生活的だし、一方で日々の生活にもサバイバル要素が溶け込んでいる。今回の家族物の作品もそうですが、登山と生活の区別があまりないのが興味深い。

服部自分の行動原理を突き詰めて考えると芯のところには「モテたい」がある。少なくとも若い頃はモテたかった。それはおそらく、最高の伴侶を得て、孕ませ、子どもをもうけたいという動物的な繁殖欲求だよ。だから山登りを始めたきっかけも、根底にモテたいってのがあった。かっこよくなってモテたい。かっこよくあるためには本質的でなければならない。山登りの本質はというと、すべてを自力で行うことだなと思った。「これがいい」という直感力にはちょっと自信がある。たとえば嫁の選別とか。

角幡僕はもともと結婚の意思はなかったから、妻との関係のなかではじめて結婚を意識した。うちの奥さんは性格の強い人だから。今でこそほとんどしないけど、前は喧嘩ばかりでした。理由は言えないですが。

服部得意のハイデガーとかベルクソンを引いて説得すればいいじゃん。

角幡ハイデガーには仲直りの方法は書いてないですよ。
鎌倉に引っ越して付きあう友達も変わって、少し趣味が変わったのかな。最近は妻の趣向も僕に近づいてきて、田舎の小屋づくりに関心が出てきたのもそのせいかもしれない。子どもに体験させたいという思いもあるのでしょう。子どもへの教育という意味では、よく山や海に連れていくんですが、その根底に自分で行動の限界をもうけてもらいたくないという思いはあります。世間の目を気にして、あれはやらないほうがいい、みたいな自主規制する人にはなってほしくない。別に教育方針というほどのことはないけれど、他人に同調する人間にはなってほしくない、自分の頭で考えてほしいという思いはあります。

「芯のところには『モテたい』がある」

服部うちの次男は今ニートだけれど、自分の頭で考えた結果、ニートになることもありうるぞ。

角幡玄次郎君が高校を中退したくだりも書かれていましたね。でも、自分で考えて行動していて偉いと思いましたよ。何も考えず周りの動きに合わせて生きる多くの人よりも、ずっと自立している。

服部高校一年の終わりの文系・理系の選択時にそれまで溜まっていた学校教育への疑問が爆発したね。玄次郎は地頭がいいから、このまま大学に行って、サラリーマンになって、満員電車に揺られて生きる未来に完全に嫌気が差したらしい。
高校中退はいいんだけどね。俺も、自分を信じてやりたいようにやればいいと思って生きてきたから。でも、最近の玄次郎を見ていると、易きに流れてダラダラしているなあ。一応は何かを勉強しているらしいんだけど、独りでは、角幡君の著書のキーワードでもある「関係性」を築くことができないんじゃないかなあ。誰かと出会ったり、外部からの刺激を受けたりが少ない。自分の過去を振り返っても、大学生の頃は遊んでいただけだから、別に大学に行かなくてもいいとは思うのだけれど......。刺激を受けて成長するということ自体も疑えるしなあ。玄次郎の存在は教育って何だ、成長って何だって考えさせられる。

角幡うちの娘は小学一年生だから、そういう悩みにはまだ直面していない。でも、そういう日がくるかもしれませんね......。しかし、遺伝と教育の割合ってどのぐらいなんですかね。子どもを見ていると、素質のかなりの部分は遺伝で決まっているんじゃないかという気がする。努力する性格や、自分の頭で物事を考えるという部分も含めて。一方で、考え方とか言い種なんかは親の影響がかなりあるようにも思う。食卓でかわす夫婦の会話とか、何気ない日常から子どもが感じることって大きいんでしょうね。

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