『三体』がヒットしたのは必然だった!? 中国SFが世界をトリコにしている4つの理由

描かれるのは中国固有の問題か、人類普遍の問題か
大恵和実(中華SF愛好家)

中国SFの魅力とは

では、中国SFの魅力とは何だろうか? 一口に中国SFといっても多種多様であるが、ここでは蛮勇を奮って、敢えて4点にしぼって中国SFの魅力をお伝えしたい。

1点目は、SFの面白さをストレートに伝える力強さである。例えば、劉慈欣『三体』は、異星人の侵略という古典的な題材を用いながら、読み始めたら止まらない圧倒的なまでのストーリー展開で、読者の心をわしづかみにして止まない。アーサー・C・クラークや小松左京といった20世紀SFの巨匠が持っていたド直球の面白さを現代に復活させた作品として、古くからのSFファンは懐かしさを覚え、若いSFファンは新鮮さを覚えたのである。これこそが『三体』が広く人気を集めた要因である。もちろん『三体』だけでなく、中国SFの多くには、こうした力強さがみなぎっている。まだ日本では長篇の翻訳は劉慈欣『三体』と陳楸帆『荒潮』などごく一部しかないので、今後の翻訳・紹介が待たれるところである。

e96e8f4a069fc64107fe7dd9252d4c3c5c62b39e.jpg『時のきざはし ー現代中華SF傑作選 』(王晋康、韓松、何夕ら著、立原透耶編集/新紀元社)

2点目は、現代社会に対する優れた批評性である。中国SFは、中国が抱える社会問題にとどまらず、人類社会の普遍的な問題――格差・教育・環境・介護・ジェンダー・AIなど――に目を向けた作品を次々に生み出している。例えば介護問題を扱った夏笳(中原尚哉訳)「童童の夏」(『折りたたみ北京』所収)は、身体の不自由な祖父がロボットを用いて起こした医療革命を孫の童童の目を通して描いた感動作である。こうした中国SFが描く切実さは、国境も出自も越えて心に響いてくる。

3点目は、中国の歴史や文化を踏まえた設定・展開である。ご存じのとおり、中国は長く激しい歴史と豊かな文化を持っている。中国SFのなかには、そうした中国史や中国文化を題材にした作品が存在する。こうした中国的意匠は、欧米の読者の目にはエキゾチックにうつり、好奇心をかきたてられることとなる。一方、漢字文化圏である日本の読者は、新奇さとともに親しみやすさも感じるのである。

4点目は、女性の活躍である。以前は中国でも、SFといえば男性作家の得意分野とみなされていた。しかし、近年では女性SF作家の台頭が著しく、国内外で活躍して高く評価されている。本稿の中で名前の挙がったカク景芳・夏笳・昼温・凌晨はいずれも女性である。一般的にSFは理系と親和性が高いと目されているが、中国では理系に進学する女性も多く、SF作家のみならず、SFファンや編集者・翻訳者における女性の比率も上昇している。そのことが中国SFに大きな刺激を与えているのである。今年、中国では女性SF作家33名の作品を収録したチョン・ジンボー『タァ(彼女)―中国女性科幻作家経典作品集』(*タァは女へんに也)が出版される予定である。そのほかアメリカ・日本でも中国女性SF作家アンソロジーの企画が進んでいる。

まとめると、中国SFは、中国文化の伝統を踏まえつつ、現代社会の諸問題に向き合い、世界的な普遍性と中国の固有性をあわせもっているといえよう。いわば、20世紀・21世紀の世界SFをギュッと濃縮しているといっても過言ではないのである。

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