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コロナ後の「希望の図式」 岡田暁生【小林秀雄賞受賞 記念寄稿】

岡田暁生(京都大学教授)

音楽とスポーツが与えた影響

 『音楽の危機』執筆中に常にシミュレーション・モデルと想定していたのは、実は東京オリンピックである。今だから言えるが、本書は『第九』という言葉を「オリンピック」と読み替えても、ほぼ意味が通るようになっている。なぜオリンピックを第九と重ねたか? それは音楽とスポーツが、近代社会における感情共同体形成の最強のツールであってきたからである。


 「ともに心を一つにして戦えば、盛り上がれば、どんな苦難も乗り越えられる、素晴らしい明日が待っている」
それらは右肩上がり成長社会モデルのアイコンだった。

 欧米各地にこぞってコンサートホールが建てられ、大規模な体育祭(当時はトゥルネンといっていた)や合唱祭が行われるようになり、スポーツ・クラブが設立され、あるいはスケート・リンクやテーマパークのような大規模遊興施設がオープンするのは、19世紀半ば以後のことである。例えばウィーンの有名な楽友協会ホール(正月にウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートが行われる)は1870年にオープンした。日本では明治維新の頃である。最初の万国博覧会(ロンドン)は1851年。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の設立が1882年。テニスのウィンブルドン選手権の第1回が1877年。そして近代オリンピックの第1回が1896年。FIFA(国際サッカー連盟)の設立が1904年。資本主義が拡大に拡大を重ね、欧米列強が富国強兵にしのぎを削り、ヨーロッパ市民社会の帝国が勝ち誇る時代に、近代の「ビッグイベント」は生まれたのである。そして少なくともつい昨日まで、私たちはこの世界の延長の中で生きてきた。

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