新書大賞2023 受賞作発表!

ゲンロン社長 上田洋子 インタビュー(後編) 「解散の選択肢は『絶対にありえない』とずっと言っていました」

ゲンロン解散危機からの代表取締役就任、「シラス」開設のその先

シラス開設、1年後の現在

――その後、ゲンロンの解散危機は回避され、2020年には満を持して自社の放送プラットフォーム、「シラス」が始まります。現在の状況はいかがでしょうか。

 チャンネル数は25となり(注・10月29日時点)、なんと私のロシア語チャンネル「上田洋子のロシア語で旅する世界УРА!」も始まりました(笑)。現在の全体の登録者数は2万5千人を超えていて、売上も伸びています。ゲンロン完全中継チャンネル以外でも、年間1000万円を売り上げるような人気チャンネルも出てきていますし、辻田真佐憲さんのような、シラスだけで余裕のある暮らしができるんじゃないか、というシラサー(シラス配信者のこと)も出て来ました。

――辻田さんは人気作家ですが、特に人文系の場合、一般的には本だけを書いて生活してゆくのはかなり難しいのが現状です。シラス開設時に東さんは、配信者へ利益が回るような構造を意識されたそうですね。

 東さんはゲンロンに研究所みたいな機能を持たせたいとずっと考えていました。研究員を集め、一定の謝礼を払いつつ研究会をやり、それがコンテンツになっていったら良いと言っていましたが、ついにそれがシラスで実現したのではないでしょうか。チャンネル開設者が、自分の知識や話芸を使って稼いでいく、というシステムができたと思います。

 アーティストも助成金を頼りに制作することがよくありますが、やはりオルナタティブを支えるのは難しい。寄付を募るにしても、企業のメセナ事業にしても、権威に依存すると、ある程度相手の方針に沿うように活動せざるを得なくなります。そうはならず、自分のコンテンツを提供し、それを面白いと思ってくれる読者、視聴者と対話しながらお金を稼ぎ、最低限の経済的独立を保つことは、実現可能ななかでは、理想のモデルだと思います。新しさというよりは原点回帰、旅芸人みたいなものかもしれません。

 シラスにはパフォーミングアーツ的なところもありますね。パフォーマーの成長を観客が面白がって見ていくというか。歌舞伎ですと、子役で初舞台を踏み、襲名してどんどん名前が代わっていきますよね。バレエでも、同じ演目を何回も見て「前より良かった」といった評価をしていく。演じる人が、観客に育ててもらう面があります。常に観客の目にさらされることで、私自身を含め、研究者にはありがちな「読者が見えなくなる」問題の解決にも繋がるかもしれません。読者に寄り添いすぎるのも問題があるとは思いますが、チャンネル開設者が、今の自分に何が求められていて、自分が何をすべきなのかを、自ら測れる場所がシラスなのではないかと思います。

_KUU0080-min.jpgゲンロンカフェ入口

――ゲンロンカフェでは、メインのトークが終了後、そのまま観客と、出演者を交えた打ち上げが行われるイベントもありました。シラスの配信者と視聴者の双方向のコミュニケーションは、そのオンライン版にも見えます。

 シラスをこの時期に立ち上げたのはまったく偶然だったんですけれども、ゲンロンカフェでお客さんに会えない間、ある程度のコミュニケーションを保てるツールにもなったと思います。シラスは固定ハンドル制を取っていて、数回コメントをもらうと、登壇者側も覚えるので、オンラインでありながらお客さんの顔が見えるんです。不思議なものですね。

 コロナ以降、無観客のゲンロンカフェから配信を行っていますが、そこでこだわったのは、出演者は対面である、という点です。大学の先生などは規則で出張が出来なくなり「Zoomではダメですか」という問い合わせがけっこうあったのですが、お断りしました。

 ゲンロンカフェでは、人と人が対面で喋っている状況を維持することによって、対話の空気というか、人と人が同じ空間で話すことで生まれる言葉やライブ感を大切にしようと意識していました。東さんがよく言っていることですが、オンラインだと雑談ができないんですよね。双方の呼吸が合わないと、気を遣って短くまとめてみたり、こっちのツッコミが理解されないまま次の話題へ移ってしまったり......。

 その場でのフィジカルなコミュニケーションが生むものをZoomでは切り捨ててしまう。対面にこだわったことで、ゲンロンカフェの配信ではそれを担保し続けられたのが良かったですし、そうした生き生きとしたコミュニケーションはシラスにも引き継がれているでしょう。シラスでは突発の配信も多くありますし、出演者同士のコラボもあり、そこに視聴者が参加できる。シラスによってオンラインでの観客との双方向コミュニケーションの形が出来たのかな、と思います。

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