谷川嘉浩 ネタバレ忌避派と積極派の意外な共通点

谷川嘉浩(京都市立芸術大学特任講師)
写真提供:photo AC
 作品鑑賞中に感情の動揺を避けるためなどの理由で、事前に物語の核心や結末を知ってから、コンテンツを消費する人が、特に若い世代を中心に出てきている。他方、ネタバレを回避する人は昔から存在した。現象こそ違えど、両者に共通することとは何か。京都市立芸術大学特任講師の谷川嘉浩氏が探る。
(『中央公論』2022年8月号より抜粋)

『エンドゲーム』の大ヒット

 マーベルについては、すでによく知られている。アメコミレーベル「マーベル・コミック」の諸作品に出てくるヒーローを、同じ世界の中でクロスオーバーさせた作品群、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)がヒットを連発した。著名人や知識人にもファンを公言する人が多く、『アメコミヒーローの倫理学』(トラヴィス・スミス著、パルコ)という本まである。

 MCUの中でも、特に映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)は、全世界で27億9700万ドルの興行成績を上げ、映画史に残る商業的成功をおさめた。本作は、商業面だけでなく物語面でも、一つのピークを形作るものだった。

 エンドゲームの前作にあたる『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18年)では、宇宙の生命の半分を消し去ろうとするヴィラン(悪役)に対して、これまで集結してきたヒーローたちの多くが宇宙を守るべく立ち上がる。しかし、その全員があえなく敗北、いや壊滅していくという展開で、しかも強さが際立つヒーローから敗北していくため、観客の絶望は深いものだった。

 逆転の見込みがなさそうな状況はどう打開されるのか。ファンたちは侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を積み重ねながら様々に予想し、次回作を待望していた。そうした期待と不安の渦巻く状況で公開されたのが、エンドゲームだ。

 公開前のワールドプレミアに登場した本作のプロデューサーは、「何を言っても台無しになる(All of it is a spoiler)」として映画の内容に関することは一切語らず、作品への思い入れを伝えるに留めた。ネタバレを避けたいと考えるファンの期待にコンテンツ供給側も応えているのだ。

 スポイラーという単語は、元々は「台無しにするもの」という意味だが、転じて、作品鑑賞を阻害してしまう事前情報の提供を意味する「ネタバレ」を指している。続編を待望していた人にとって、エンドゲームの鑑賞は「この苦境をどのように突破するのか」という謎解きの答え合わせの要素を含んでいた。その意味で、「作品鑑賞を台無しにする(=スポイルする)ネタバレはしてくれるな」とファンが望むことに何の不思議もない。

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